雇用統計が株価調整のきっかけとなったが、資金が向かう先は少ない
6月5日の米国株式市場は、5月の雇用統計(非農業部門雇用者数変化)が市場予想を上回ったことを受け、FRBの利上げ観測の高まりへの警戒感から、株価はまとまった幅で下落した。本来であれば、労働市場が堅調であるということは、米経済が良好な状態であることを示しており、株式市場にとっては悪い話ではない。しかし、インフレ懸念が燻る中で労働市場が強いということであれば、FRBが利上げに動く可能性が高まり、そのことが株式市場にとってネガティブに捉えられることも少なくない(いわゆるGood News is Bad Newsの状況)。これまで株高が進んでいたことから、調整のきっかけになったと考えられる。特に、米経済に明るいデータが得られたことで、AI・半導体関連株への一極集中(他に買えるものが少ないことによる消極的な集中)という流れに疑義が生じた点が大きい。この日、ナスダック指数が前日比▲4.2%、SOX指数が同▲10.3%だったのに対し、ダウ平均は同▲1.3%にとどまっていた。
今後、強すぎる雇用統計が株式市場の本格的な調整につながる可能性は低い。そのように考えられるのは、①そもそも経済が堅調であるという議論は株式市場にとってポジティブであること、②雇用者数変化は大幅に増加した一方で賃金上昇率は高まらなかったためにFRBの利上げ観測はそれほど高まらないと見込まれること、③AI・半導体関連株への一極集中が修正されたとしてもインフレ懸念が強い状況では債券に資金が向かいにくいこと(株式市場から資金が流出しにくい)、などが背景である。株式市場が大幅に調整するには、債券が売られやすい強い雇用統計ではなく、債券が買われやすい弱い雇用統計が必要になると、筆者は判断している。
米国の長期金利は引き続き安定的な動き
6月5日の米国債券市場は、5月の雇用統計の結果を受けて、イールドカーブがベアフラット化した。長期金利は前日差+5.7bp、2年金利は同+10.4bpだった。まとまった幅の金利上昇となったが、長短金利差縮小の流れが継続していることは重要である。利上げ観測が高まることで、長期的には景気やインフレが加速することは避けられるという見方につながっているとみられる。この日、長期のインフレ予想(BEI)は前日差▲1.5bpと、低下した。米債市場が考える将来の米国経済は、(1)原油高の影響と堅調な労働市場を背景にFRBはタカ派的なスタンスを継続し、(2)そのことが米経済やインフレを減速させ、(3)長期的には経済もインフレもそれほど高まらない、と解釈できる。長期金利は安定的な推移が見込まれる。
「強い雇用」+「平均時給の低迷」=「生活防衛のための就業」と解釈
FF金利先物市場では、年内の利上げ回数の織り込みは約1.0回となった。原油高によるインフレ懸念が燻っている状況で、FRBが労働市場の懸念を理由に利上げを回避することが難しいと考えれば、利上げが織り込まれることは自然な流れである。もっとも、今回の雇用統計では、平均時給の前年同月比が+3.4%となり、前月の同+3.6%から減速した(市場予想とは一致)。この伸び率はコロナ前と同程度であり、賃金インフレの兆しはほとんどない。この数字が再び上振れることがあれば、FRBは利上げを実施すると思われるが、当面はインフレの波及を見極める状態が続くだろう。市場が複数回の利上げを織り込んでいく可能性は低いと、筆者はみている。
雇用者数は増えているものの、平均時給が伸び悩んでいることの背景については、生活防衛のための就業が進んでいる可能性が高い。インフレ率が高止まっていることもあり、このところは実質可処分所得が低迷している。生活水準を維持するため、やむを得ず就業や労働時間の増加を選択する必要があるのだろう。企業が積極的に採用を増やしているというよりは、もともと市場に存在していた求人が、生活防衛のための就業によって埋まっているとすれば、賃金インフレにつながる可能性は低い。引き続き、求人件数が過去と比較して多いことを背景に、米国の労働市場は大きく崩れる可能性は低い。また、失業者が増えなければ、米経済がリセッションに陥る可能性も高くない。しかし、実質賃金の目減りが続く中では、米経済の成長率は徐々に減速していく可能性が高い。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)