2024年の大みそかに米イリノイ州シカゴでオープンしたバー「ガスズ・シップ&ディップ」は、革命を起こすことを意図していたわけではなかった。ただ、手頃な価格で質の高いカクテルを提供する空間を目指し、クラシックなカクテル30種類をすべて12ドル(約1900円)という手頃な価格で提供することにしたのだ。

バーテンダーが真っ白なジャケットを着用し、23ドルのシュリンプカクテルや26ドルの和牛ディップサンドを提供する高級感のある店で、12ドルのカクテルは一見意外に思える。しかし、開店当初から行列は通りまで伸び、その人気は現在も大きく衰えていない。4月下旬には、北米のベストバー50で27位にランクインした。

マティーニやマンハッタンなどカクテルの価格は、米国や英国で上昇している。英国では2月、アルコール税が3.66%引き上げられたことも影響している。

コスト上昇は飲酒行動の変化の一因となっており、客は自宅で飲んでから出かけたり、2-3杯飲んでいたところを1杯にとどめたり、さらにはカクテル自体を避けるようになっている。ギャラップによると、米国でアルコールを飲む米国の成人の割合は2022年の67%から25年には54%に低下した。健康志向の高まりやTHC入り飲料の普及、そして1杯22ドルもするカクテルの価格への驚きが、客足を遠ざけている。

戦略見直し

こうした動向を受け、事業者の間では業績改善に向けてカクテル戦略を見直す動きが広がっている。

ガスズの飲料ディレクター、ケビン・ベアリー氏は、わずか28銘柄に絞った厳選されたボトルのラインアップを構成し、大量購入と積極的な価格交渉によって12ドルのカクテルを実現した。多種多様なボトルを並べることはせず、各カテゴリーごとに質の高いスピリッツを1種類だけ置く。

ベアリー氏によると、この価格設定によってすぐに顧客の行動に変化が現れ、2杯目、3杯目を次々に注文するようになったという。同氏は「利益率を多少犠牲にしてでも、2杯目を注文してもらい、楽しい時間を過ごしてまた来たいと思って帰ってもらう方がいい」と語った。

シカゴに最近オープンしたラディクルでは、飲料ディレクターのニコール・ヤロビンスキー氏がさらに大胆な試みとして10ドルのカクテルを提供している。これは、姉妹店のレストラン・デイジーズでのサステナブルな取り組みによって成り立っている。パスタの仕込み時に出るパプリカの切れ端は、1リットルあたり約2ドルのシロップに再利用される。また、余ったスイカジュースを冷凍してカクテル用コーディアルに加え、1オンス=21セントのコストで風味を高めることで、高価なライム果汁は不要になった。

収支はぎりぎりながら成立している。客が飲み物に1ドル支払うごとに、デイジーズでは18セントのコストで済み、粗利益は82%となる。つまりラディクルでは、10ドルのカクテルの原価は2.20ドルという計算になる。ヤロビンスキー氏によると、すでに常連客がついており、何杯も注文する人が多いという。

物価の高いロンドンでも、同様の動きが広がっている。英国の人気ステーキチェーンが手がける「ホークスムーア・マティーニ・バー」は、12ポンド(約2600円)のハウスマティーニを導入した。

その結果、同店は過去最高の賑わいを見せるようになった。昨年12月には週平均1000杯のマティーニを提供した。ロンドンでは異例の数字だ。

ロンドンでは今春、さらに手頃な価格のドリンクが増えている。ニューイントン・グリーンに新しくオープンしたピザ店「エトナ」では、ネグローニを5ポンドで提供する。また、高賃料エリアのコベントガーデンに最近開店した「ブーロ」でも、7.5ポンドのネグローニがメニューの目玉だ。

共同経営者のコナー・ギャブ氏は「人々が物の値段に非常に敏感になっている」と指摘する。ネグローニは「飛ぶように売れており、1晩に40-50杯出る」という。ギャブ氏は、この価格設定が、客がメニューやワインリスト全体を見る際の信頼感にもつながっているとみている。

文化の維持

こうした事業者の誰もが、採算が単純でないことは認めている。家賃や人件費、関税、質の高いスピリッツのコストはすべて価格上昇要因となる。

だが、低価格のカクテルを提供する事業者の間には、20ドルを超えるカクテルは行き過ぎだという共通認識がある。ガスズのベアリー氏は「問題は、正当化できないのにその価格でカクテルを提供するようになったことだ」と述べた。

ホークスムーアのデイビー氏は、この問題は一つの店にとどまらず、人々が飲み続けられる環境の維持に関わるとみている。同氏は「過去30年にわたるカクテル文化の成果を維持するためには、新たにカクテルを楽しみ始める人々が、価格によって締め出されないようにすることが不可欠だ」と語った。

原題:A $12 Cocktail Has Become the Smartest Play in the Bar Business(抜粋)

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