1. ハンガリーで親EU政権が誕生へ
4月12日に投開票が行われたハンガリーの議会選挙(一院制、定数199)は、EUとの関係改善を目指す野党「ティサ(尊重と自由)」が歴史的な勝利を収め、EUとの対立を繰り返すオルバン首相が率いる与党「フィデス・ハンガリー市民連盟(以下、フィデス)」から政権を奪取することに成功した。ティサを率いるマジャル氏は、オルバン政権下で進んだ対EU関係悪化、政治腐敗、民主化後退の刷新を訴えるとともに、今回の選挙戦を「東(ロシア)と西(欧州)の選択」と位置づけた。対するオルバン陣営は、「野党に政権を任せれば、ロシアとの望まない戦争に巻き込まれる」との主張を展開した。
近年のハンガリー経済は、他の中東欧諸国と比べて、低成長、物価高、賃金低迷など、経済パフォーマンスの悪化が目立つ。厳しい経済環境や暮らし向きも、政権への逆風となった。投票率は1989年の民主化移行後で最多の78%に達した。結党以来で初の議席獲得となるティサは、憲法改正や重要な制度改正に必要な議会の3分の2を超える138議席を獲得し、前回2022年の議会選挙で133議席を獲得したフィデスは55議席の獲得にとどまった。
次期政権にとっての喫緊の課題は、オルバン政権時代にEUの基本価値違反を問われ、停止されているEU補助金の拠出再開となる。停止中の資金の合計は220億ユーロ程度(結束基金の残額が116億ユーロ、復興基金が104億ユーロ)と、ハンガリーのGDPの約10%に達する。低迷する経済立て直しの起爆剤となるほか、ティサが掲げる低所得者向けの所得税率引き下げ、生活必需品のVAT減税、教育・医療・年金制度の拡充などの財源としても期待される。補助金再開には、司法の独立性、汚職対策、公共調達の透明性向上、監査制度の強化、不正監視などの改革達成が条件となる。改革実行に必要な3分の2以上の議席を獲得したのは大きな前進だが、政権発足には通常1ヶ月程度を要する。なかでも、2026年末に新規の財政支援が打ち切られる復興基金については、8月末までに定性・定量目標の達成が必要で、残された時間は少ない。
2. ポピュリストの脅威は後退したか?
選挙結果を受けて、欧州首脳からティサの勝利を歓迎する声明が相次いでいる。ハンガリーは近年、対ロシア制裁、ウクライナ支援、EU予算などを巡って、他のEU諸国との対立を繰り返してきた。これらは加盟国の全会一致の賛成が必要な分野で、政策停滞の一因となってきた。ハンガリーで親EU政権が誕生することで、EU内の足並みの乱れや内部対立が表面化する機会が減る。近く本格化するEUの次期多年度予算の協議や、将来のウクライナのEU加盟交渉などにとっても追い風となろう。
また、退陣するオルバン首相は、フランスの「国民連合(RN)」、イタリアの「同盟(Lega)」、オランダの「自由党(PVV)」、スペインの「ボックス(Vox)」など、欧州各国の右派ポピュリスト勢力が集まるEUに懐疑的な欧州議会会派「欧州のための愛国者(PfE)」の中心的な人物だった。オルバン氏の強権的な国家運営や対EU政策を模倣しようとする他国の右派ポピュリスト勢力の戦略再考につながる可能性がある。
今回のハンガリーの選挙結果に加えて、ポーランドでは2023年10月の議会選挙で、EUに懐疑的なナショナリスト政党「法と正義(PiS)」が率いる政権が倒れ、オランダでも2023年の議会選挙で第一党に躍進した自由党が、2025年10月の議会選挙で第一党から転落するなど、欧州各国で広がってきた右派ポピュリストや非リベラル民主主義勢力の躍進に陰りもみられる。
だが、これは必ずしもポピュリストの脅威がなくなったことを意味する訳ではない。ハンガリー、ポーランド、オランダの例は、政権運営を担っていたポピュリスト勢力(オランダの場合、非政治家による政権だったが、実際には自由党が一定の影響力を持っていた)が国民の期待に応えることができず、政権を明け渡した。元々、多くの欧州諸国でのポピュリスト勢力への支持の高まりは、国民のイデオロギーが大きく右傾化した訳ではなく(難民危機やウクライナ戦争などで移民抑制や治安維持への関心が高まった面はある)、経済停滞、物価高、失業、賃金低迷、社会保障の切り詰めなど、現状に対する不満の受け皿となった面が大きい。政権を担う側にある(なった)ポピュリスト勢力に対して、国民生活の改善が実感できない以上、国民の不満が高まる構図は変わらない。ただ、ポピュリストが政権を担っていない国については引き続き、政権を率いる主流派政党に対する不満が高まり、ポピュリストへの支持が集まる傾向が変わらない。
(※情報提供、記事執筆:第一ライフ資産運用経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド) 田中理)