「海洋の自由」は世界を一変させた。だが今、世界の海から自由が失われつつある。ヒトやモノ、資本が安全に海洋を往来する環境は貿易を加速させ、世界的な繁栄の基盤となってきた。米海軍の圧倒的な優勢が長年、公海の安全を担保してきた。

しかし、現在の中東情勢、特にイランによるホルムズ海峡での船舶攻撃は、海洋の自由に対する脅威が増大する新たな局面を象徴している。要衝を巡る争いは激化し、米国の海洋監視能力に疑念が呈されている。

イランとの戦争は、主要な海上航路の重要性と脆弱(ぜいじゃく)性を浮き彫りにした。イランはドローン(無人機)など安価な技術と、ホルムズ海峡の最も狭い部分の幅がわずか約34キロに過ぎないという地理的特性を突き、世界エネルギーの20%超が通過する「動脈」を事実上封鎖した。

攻撃開始から数日でエネルギー価格と保険料は急騰。湾岸諸国は石油・ガスの産出抑制を余儀なくされた。こうした経済的打撃は深刻だが、紛争が終結すればいずれ緩和に向かうだろう。だが、より本質的で大きな課題は解消されないままだ。

事実上のホルムズ海峡封鎖は、より大きな構造変化の一端に過ぎず、混乱の事例は枚挙にいとまがない。2021年のスエズ運河座礁事故、23年にはイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃後のイエメン親イラン武装組織フーシ派による紅海封鎖、さらにはロシアのウクライナ侵攻による黒海の紛争地域化と、混乱が続いている。

一方で、大国は海域に対する支配意識を強めている。ロシアは欧州とアジアを結ぶ北極海航路の一部で領有権を主張し、中国は世界屈指の過密航路である台湾海峡と南シナ海での支配力を強化し続けている。

トランプ米大統領も2期目の就任演説でパナマ運河の権益奪還を唱えた。こうした挑戦が積み重なる今、海洋の自由が世界の機能においていかに中核的な役割を果たしてきたかを想起する必要がある。

19世紀、英国が海洋を支配したことでグローバル化の一時代が幕を開けた。その動機は英国への航路確保という必然性にあった。米国もまた、自国の海上移動を守るために数々の戦争を戦った末、第2次世界大戦後にその覇権的役割を継承した。

混乱は断続的に起きた。1967年の第3次中東戦争でのスエズ運河封鎖や80年代のイラン・イラク双方によるタンカーへの攻撃などだ。それでも米海軍の抑止力が貿易の急拡大と繁栄を支え、冷戦後には、かつてないほど複雑で相互利益をもたらすグローバル化の時代をもたらした。

三つの要因

残念ながら、海洋の自由は世界の自然な状態ではない。かつては海賊や私掠船(しりゃくせん)が船舶を襲い、ナポレオン戦争から20世紀の世界大戦に至る大規模紛争は通商を途絶させ、航路を悲惨な戦域に変えた。現在、海洋の混乱を再び加速させている要因は主に三つある。

第一に、地政学的競争の再燃だ。米国の優勢はこれまで航行の自由への挑戦を抑え込んできたが、足元ではロシアと中国が突き崩そうとしている。皮肉にも、米国が保証した海洋秩序の恩恵を受けて繁栄した中国が、いまや勢力圏の拡大を狙っている。

新たな競争の時代は、重商主義の再来を意味しかねない。中国とロシアは、強大な国家が自らの支配下にある水路へのアクセスを管理する未来を先取りして示している。

中国が台湾を封鎖して降伏を迫る可能性もある。大国間の衝突が起きれば事態はさらに破滅的だ。西太平洋での米中衝突は、高収益な主要航路に甚大な破壊と犠牲をもたらすだろう。

第二の課題は、米海軍の優勢低下だ。第2次世界大戦に勝利した当時の艦隊は約7000隻に達し、冷戦終結時でも約600隻を数えた。しかし現在の保有数は300隻を下回る。西半球から西太平洋に至る広範な作戦任務により、部隊は疲弊している。

数十年にわたる投資不足の結果、米国の造船産業は危機的状況にある。米国は世界中の海を巡回し、秩序を維持するために必要な活動の継続に苦慮している。

第三の課題は、致死的技術の拡散だ。要衝は従来、機雷や沿岸砲で封鎖されてきた。だが近年、新たな軍事能力が混乱に拍車をかけていることが明らかになった。

フーシ派はドローンとミサイルを駆使して紅海の航行を脅かした。イランは安価なドローンによる断続的な攻撃や機雷を用い、巨大タンカーのホルムズ海峡通過を阻んでいる。また、自衛の大義の下で戦うウクライナは、水上・水中ドローンによって大型軍艦を撃沈、あるいは無力化できることを証明した。

技術の振り子は常に揺れ動く。ドローン対策も脅威に応じて改善されるだろう。妨害装置や迎撃ドローンなど費用対効果に優れた対抗策を運用するウクライナの高度な知見が、ここでも先例となる可能性がある。しかし現時点では、革新的な技術の多くが航路の不安定化を助長している。こうした実例は世界中の悪意ある勢力に見逃されることはない。

航行の自由が一夜にして崩壊することはないだろう。しかし、課題は確実に深刻さを増している。強大な国家は一方的な利益のために広大な海域の領有を主張し、脆弱な主体は非対称戦での交戦手段として船舶を攻撃し、要衝を争点化している。

現在の対イラン紛争は深刻な損害をもたらしているが、同時に「世界の水路は常に安全に通航できる」というこれまでの大前提そのものも犠牲になるかもしれない。

(ハル・ブランズ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。米ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院教授およびシンクタンク「アメリカンエンタープライズ研究所」のシニアフェローで、マクロ・アドバイザリー・パートナーズのシニアアドバイザーも務めています。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:The Iran War Is Ending Freedom of the Seas: Hal Brands(抜粋)

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