トランプ米大統領によると、イランの最高指導者ハメネイ師が2月28日の米国とイスラエルによる攻撃で死亡した。86歳だった。ハメネイ師は30年以上にわたり国家の政治・宗教生活のあらゆる側面を掌握し、西側諸国との対峙を続けてきた。

トランプ氏はソーシャルメディアへの投稿で、「これはイラン国民のみならず、ハメネイと血に飢えたならず者集団によって殺害、または傷つけられた偉大な米国人、そして世界各国の人々すべてのための正義だ」と述べた。イラン当局者は死亡を確認していない。

ハメネイ師の死は、イラン現代史において極めて重要な一章が終わりを迎えることを意味する。ただ、今後の展開や誰が後継者になるのかについては、ほぼ全く見通しが立っていない。

高位聖職者(アヤトラ)であった同師は、1979年の革命で政権を掌握した宗教的・反帝国主義運動から台頭し、地域で最も影響力のある指導者の一人となった。

白いひげ、聖職者のローブ、黒いターバン姿のハメネイ師は、禁欲的で清教徒的な家父長のイメージを体現していた。笑顔を見せることは少なく、就任後は一度もイランを離れなかった。

Photographer: Source: Office of the Supreme Leader of Iran/Getty Images

自らの指導や自らが築いたイスラム体制に対する抗議を抑圧するためには、権限の行使も辞さなかった。女性の権利や市民的自由を巡る自らの見解に対する反発に対しても容赦なく対応し、権力維持のために数百人の民間人を殺害することもいとわない指導者との印象を決定づけた。

ハメネイ師は中東において、イスラエルと徹底的に敵対するとともに、地域に影響を及ぼそうとする米国の試みに断固として抵抗する立場を明確にした。

米国がイラン政治に干渉してきた歴史や、自身を投獄した王政を支援してきたことに根差す米国への深い不信と軽蔑を、常にイラン政治の前面に押し出してきた。また、イスラエルのことを「がん腫瘍」と表現し、その破壊を繰り返し呼びかけた。

ホメイニ師の下で学ぶ

ハメネイ師は1939年7月17日、北東部マシュハドにある一室のみの住居で、宗教学者の子として生まれた。19歳でシーア派神学の中心地コムに移り、のちに1979年の革命で成立したイラン・イスラム共和国の初代最高指導者となるホメイニ師の下で学んだ。

米国の支援を受けていたパーレビ国王(当時)の打倒を目指す地下運動に加わり、たびたび逮捕・拷問され、国内で3年間の流刑生活を送った。

1979年の革命後、テヘランの金曜礼拝を主導する役職に就任。2年後の暗殺未遂で右腕に障害を負ったが、数カ月後にはイランで選挙によって選ばれる最高位の公職である大統領に就いた。

常に保守的ではあったが、政界入り当初はパイプをくゆらせ、詩や小説に関心を持つ物静かな聖職者だった。妻との間に6人の子をもうけ、音楽家や世俗的な知識人とも交友関係を築いた。

1989年6月のホメイニ師死去時、ハメネイ師は次期最高指導者の明白な候補ではなかった。当時の憲法が求めていたアヤトラとしての学識資格を満たしておらず、改正が必要だった。

伝統的概念のジハードを再定義

ワシントン近東政策研究所のメフディ・ハラジ上級研究員は、ハメネイ師について「伝統的イスラム概念であるジハードを変革し、イスラム主義体制のイデオロギーの中心課題として確立しようとした」と記している。その結果、ジハードは西側、とりわけ米国に体現される悪に対する、信仰に基づく闘争だと位置付けられた。

ジハードを強調したのはハメネイ師だけではないが、ジハードを「イスラム共和国のイデオロギー体系全体の基礎であり、イラン体制の国策運営の唯一の根拠」と位置づけた点に独自性がある、とハラジ氏は指摘する。

1989年にホメイニ師の後を継いで最高指導者に就任して以降、ハメネイ師は強硬な宗教機関や軍の利益を守り続けた。国民の多くが改革や西側との関係改善を望む世論とはしばしば相反した。2022年に大規模な抗議運動が起きた際には、治安部隊の動員や司法による処刑といった強硬な弾圧で応じた。

昨年12月28日に激化した反政府デモに対しては、より残忍な姿勢を強めた。人権団体は死者数の確認を続けているが、7000人を超えたとされる。この流血の週末に、イラン当局はインターネット接続を遮断し、国外へのアクセスを制限した。

ハメネイ師の影響力は国境を越えた。

イランで主流派であるシーア派イスラム教徒の「世界的指導者」を自任し、イランの主力軍事組織であり対外影響力行使の担い手でもあるイスラム革命防衛隊(IRGC)の拡大を監督した。IRGCは陸・空・海軍部門や私服民兵を擁し、経済の最大40%に及ぶとされる企業帝国を築くことを認められた。その見返りとして、指揮官らはハメネイ師に揺るぎない忠誠を誓った。

イランは中東各地に強力な同盟ネットワークを築き、イスラエルや他の米同盟国に対する抑止の輪として機能させた。イラク、シリア、レバノン、イエメン、そしてパレスチナ自治区ガザ地区で、イランの影響力を拡大した。

ハメネイ師は、イスラム法で禁じられているとしてイランは核兵器を求めていないと主張したが、軍事的側面が疑われる複雑な核開発計画を主導した。2015年には核活動を制限する代わりに経済制裁の緩和を受けることで合意したが、第1次トランプ政権が2018年に離脱し、合意は損なわれた。

原題:Ali Khamenei, Iran’s Anti-Western Supreme Leader, Dies at 86(抜粋)

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--取材協力:Michael Cohen.

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