同意なき買収案件において、株式の公開買い付け(TOB)代理人を数多く務めてきた三田証券。元投資銀行部門のトップがインサイダー取引に関与したとして逮捕、再逮捕された事件は金融業界に衝撃を与えた。

「市場の公正性を著しく害する重大で悪質な事件だ」。証券取引等監視委員会は19日、ニデックの牧野フライス製作所に対するTOBを巡り、ニデック側の代理人を務めた三田証券の仲本司・元取締役投資銀行本部長らを金融商品取引法違反の疑いで東京地検に刑事告発したと発表した。

不正取引額は約23億5000万円に上り、過去3番目の大きさだという。監視委の担当者は、東京地検特捜部と合同で粘り強く続けてきた執念の捜査が実を結んだ事件だとして、金融市場を食い物にしてきた悪質な容疑者に対して逃げ得を許さないと厳しく非難した。

金融や企業法務に詳しいのぞみ総合法律事務所の山田真吾弁護士は「金融機関の社員がインサイダー取引を行うということは、市場の安定性や健全性を損なう行為。一般論として、顧客離れが進むという意味での自社損失だけでなく、業界への世間一般からの信頼を損なうという意味においてビジネスに与える影響は深刻だ」と語る。

東京地検は20日、仲本容疑者らを同法違反の罪で東京地裁に起訴したと発表。さらに東洋証券株を巡るインサイダー取引の疑いで同容疑者ら3人を再逮捕したとも発表した。

三田証券の本社(都内)

三田証券は1949年に創業した老舗の地場証券だ。かつてタブー視された敵対的買収でのTOB代理人を積極的に引き受け、証券業界では異彩を放つ。3代目社長の三田邦博氏(現在は社外取締役)が2000年代、株式委託手数料に依存しないビジネスモデル構築を目指し、取り組んできた経緯がある。

三田証券の存在を知らしめたのが、12年から13年にかけて繰り広げられたゴルフ場大手PGMホールディングス(現パシフィックゴルフマネージメント)によるアコーディア・ゴルフへの敵対的TOBだ。三田証券はPGM側のTOB代理人を務めた。TOBは失敗に終わったものの、投資銀行分野における同証の認知度を高めた。

三田氏は20年、日本経済新聞の取材に「TOB価格に対してすべての株主が満足していないケースもある。対抗TOBなどが出てくることは日本市場にとってよいことだ」と答えている。

企業価値向上やコーポレートガバナンス(企業統治)の強化につながるのであれば、同業他社が取引先との関係やレピュテーションリスク(評判を損なう恐れ)を懸念する中でも、TOB代理人を引き受ける方針を明確に打ち出していた。

同意なき買収を巡る市場環境は、23年8月に経済産業省が策定した企業買収における行動指針を契機に大きく変わる。「真摯(しんし)な買収提案」であれば、取締役会に「真摯な検討」を求めたためだ。

これをきっかけに物言う株主(アクティビスト)を中心とする同意なき買収は増加傾向となった。三田証券はアクティビスト主導による買収案件を中心に、TOB代理人を次々と受託。同手数料などが含まれる前期(25年3月期)の「その他営業収益」は8億9400万円と23年3月期と比べて倍増した。TOB代理人として25年12月末時点で68件の実績を持つ。

しかし今回の不祥事が、今後のTOB代理人受託にどのように影響するかは不透明だ。市場のゲートキーパーとして公正性の確保が求められる証券会社において、TOB事務を担う投資銀行部門のトップがインサイダー取引に関わったとされたことで、企業側が同証をTOB代理人の選択肢から外す可能性もある。

元取締役の起訴、再逮捕を受けて三田証券は20日、「当該不正取引に当社自己勘定口座および当社開設の顧客口座が利用された事実はない」などとするコメントを発表。2日の発表では組織的関与は確認されていないとしており、「引き続き関係当局による捜査・ 調査に全面的に協力していく」としている。

ただ、同意なき買収自体は今後も増えるとみられる。M&Aやアクティビストの動向に詳しい大和総研の吉川英徳主任コンサルタントは「同意なき買収であっても、企業価値向上につながるような真摯な提案が増えている」と指摘する。

みずほ証券や三菱UFJモルガン・スタンレー証券といった大手証券も企業価値や株主価値の向上に資すると判断した場合などには、同意なき買収案件に関与するとの方針を示している。

中小証券においても新たな担い手が出てきた。アクティビストのエフィッシモ・キャピタル・マネジメントによるカーケア製品大手のソフト99コーポレーションへの同意なき買収では、現在実施中のTOBにおいてエフィッシモ側の代理人を立花証券が務めている。

同証広報担当者によると、同意なき買収案件を積極的に受託する方針を打ち出しているわけではないというが、昨年のバッファロー(旧メルコホールディングス)の牧寛之社長によるインターネットサービス会社のBASEに対する同意なきTOBでも代理人を務めた。

そもそも、経産省が同意なき買収提案であっても真摯に検討するよう企業に求めた背景には、海外と比べて国内での同意なきTOBや競合的TOBが少なく、他国と比べて競争性が低いとの問題意識があった。同意なき買収の増加は、かつての日本企業の慣行を打破し、M&A市場をさらに活性化するための転換点とも捉えられている。

東洋大学の野崎浩成教授は「金融機関の競争力による企業の市場価値増加が経済成長にとっても重要な眼目だ」とした上で、今回の不祥事について「企業からの信頼を損なうばかりか、資本市場の健全な成長にも水を差す」と指摘。コスト負担増加を伴う管理体制の厳格化を目指すのではなく、人工知能(AI)などを活用した効率的で効果的な管理体制の強化が望まれるとの認識を示した。

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