(ブルームバーグ):「いいから黙って、全部オレに投資しろ」。 高市早苗首相は昨年、国際投資会議でアニメ「進撃の巨人」のセリフを引用して英語でこう述べた。日本国内の有権者と外国人投資家の双方に支持を訴えるためだ。
そして、実際に支持は集まった。8日の衆議院選では驚異的な圧勝を収め、海外のファンドマネジャーは数十年ぶりの勢いで日本にマネーを注ぎ込んでいる。
これは高市氏のカリスマ性への賭けであるだけでなく、財政支出を活用する同氏の経済政策への支持でもあるのだ。 数十年ぶりに一人の手に権限が明確に集中したことで、今後の政策は一貫性と整合性を備えたものになる公算が大きい。
その結果、日本と高市氏は、啓発的な経済ナショナリズムの新たな実験を提供するだろう。長らく「金融緩和の象徴」とみなされてきた日本は今や、勝者を選別し、ナショナルチャンピオン(国を代表する企業)を育成する試みの世界的な実験場となるのだ。こうした発想は1970年代末まで完全に失敗と見なされてきたようだ。英国策自動車メーカーのブリティッシュ・レイランドや、実質的に米国の2大ナショナルフラッグキャリアだったパンナム航空やTWAは、いずれも歴史から姿を消した。だが、世界的にグローバル化や新自由主義への逆風が強まるなか、各国政府や投資家はこうした構想の見直しに動いており、高市氏はその概念実証に理想的な事例を提供するだろう。
「責任ある積極財政」
投資家はまた、 高市氏が財政危機を招くことなく予算を拡大し、新たな優先分野に支出できるとの計算づくの賭けにも出ている。日本は巨額の債務残高を抱えるが、多くの資産も保有し、借り入れ資金の調達にも支障は生じていない。高市氏は金融の「事故」を引き起こさずに、こうした難所を乗り越える必要がある。
高市氏は自身が掲げる「責任ある積極財政」について、財政刺激策を戦略的に展開することであり、無謀な歳出拡大に頼るわけではないとの考えを示している。もっとも、政府が勝者を選び、市場の方向性を形づくる役割に踏み出すことを示唆しているのは確かだ。
高市氏は昨年10月の所信表明演説で、「官民が手を携え先手を打って行う戦略的な投資」を通じて潜在的な危機への耐性を強化する「危機管理投資」に言及。これはブリティッシュ・レイランドを生み出した発想を想起させるが、「経済安全保障、食料安全保障、エネルギー安全保障、健康医療安全保障、国土強靱(きょうじん)化対策」といった地政学的目標にも根差している。
こうした考えが不安を呼ぶのも無理はない。日本を含め、強力な指導者が産業を防衛分野へと特化させてきた歴史は警戒を要するものだ。しかし、日本が恩恵を受け得る理由も十分にある。
過当競争
日本は多様かつ複雑な経済構造という大きな強みを持つ。ハーバード大学ケネディ行政大学院のグロース・ラボが公表する「経済複雑性アトラス」によると、日本は2010年以降、毎年世界で最も経済複雑性の高い国に位置付けられている。米国はもはやトップ10にも入っていない。
しかし、こうした強みは大きな金融リターンには結び付いておらず、日本はイノベーションを拡大するための資本の呼び込みに苦戦してきた。巨大テック7社で構成する「マグニフィセント・セブン」が世界的な支配力を確立した米国では、全く問題になっていない点だ。
逆説的だが、問題は過度な競争にある。経済学者シュンペーターが説いた「創造的破壊」が抑え込まれてきたのだ。「最大の問題は、シュンペーターがその魔法を発揮することを許されてこなかった点にある」と、CLSA証券のニコラス・スミス氏は指摘する。
合併・買収(M&A)の欠如に加え、一連の債務返済猶予措置がゾンビ企業を延命させてきた結果、ほぼすべての産業が小規模事業者の寄せ集めのような構造になっている。多くの業界で企業数が過剰となり、規模は小さく収益性も低い。
日本では厳格な労働法制により、企業が従業員を解雇することは難しい。これは通常なら、企業買収の重要な目的の一つだ。そのため数十年にわたりM&Aは低迷してきた。だが現在では、生産年齢人口の減少が著しくなったことで、企業は人手を確保するために他社を買収するようになっているとスミス氏は指摘する。人口動態は高市氏にとって追い風だ。2025年のM&A件数は前年比で47%増加。より大規模な企業を対象とする案件が増え、投じられた総額は344%増加した。
こうした流れはさらに強まる余地がありそうだ。マネックスグループのイェスパー・コール氏は「日本に自動車メーカーが7社も、半導体商社が25社も、地方銀行が100行も、さらには800を超える大学も必要ない」と話す。だが、過度な競争こそが、東京を訪れる人々を圧倒するほどの多様な選択肢を生み出してきたことを同氏も認めている。毎年1300種類の新たな清涼飲料が発売されているという。とはいえ、日本はその魅力や多様性の一部を犠牲にしてでも、代表的な国産ブランドの育成を優先したほうが得策かもしれない。
そうなれば労働力不足への対応も容易になる。さらに重要なのは、この過程により株主還元の資金を生み出すとともに、生き残っている企業にとっては資金調達がしやすくなることだ。
国家という次元
過当競争に警戒感を抱くのは日本だけではない。軍事同盟の分断が進むなか、多くの国がナショナリズムへの傾斜を強める方向に追い込まれている。防衛やエネルギー分野にとどまらず、半導体など新たに台頭する重要産業においても、ナショナルチャンピオンの戦略的な重要性は大きく高まっている。日本には国家ブランドを背負う明確な企業は存在しない(高度経済成長期にはトヨタ自動車やソニーがその役割を果たしていた)。一方、米国ではマグニフィセント・セブンが現代経済の覇権を共同で握っている。
その結果、米国は世界の資本市場を支配し、経済全体も力強さを保つ。だが、日本の有権者なら容認できない水準まで格差が深刻化した。米国の大企業が生み出す利益や自己資本利益率(ROE)は、日本企業を大きく上回る。ハーバード大グロース・ラボのリカルド・ハウスマン教授は、こうした構造が米国のイノベーションを拡張可能にしていると指摘する。厚みと流動性のある資本市場から、さらなる技術革新に向けた資金を調達できるためだ。同氏によると、生産額で見れば米国最大の製造業企業は依然としてキャタピラーだ。しかし、マグニフィセント・セブンははるかに高いバリュエーションを誇り、米国の資本市場を活用することで内部留保のみに頼っていたら不可能な水準まで拡大してきた。
他国も同様の道を模索している。中国の「反内巻キャンペーン」は非効率な過当競争を排除することを目的としている。伝統的に加盟国が自国の旗艦企業を育成してきた欧州連合(EU)も、欧州大陸を代表するチャンピオン企業を生み出すことを目指している。これを実現させる上で、防衛需要の高まりは欧州と日本の双方において、決定的な要因となるかもしれない。
防衛
米国の同盟国がもはや米国の支援に全面的には依存できないと判断する中、世界では再軍備が進行しており、業界再編を促す動きにもつながっている。
かつてゴールドマン・サックスに勤務し、その後欧州中央銀行(ECB)総裁やイタリアの首相を歴任したマリオ・ドラギ氏は、政府による勝者選別を伝統的に嫌う立場の出身だ。だが、EUの競争力回復に向けた2024年の報告書で、同氏は防衛と企業数の絞り込みを直接結び付けた。さらに、米国が防衛企業に統合を迫った手法を重要な優位性として位置づけた。
米国は冷戦後、(国防総省の指示の下で)防衛産業の再編を実施した。米国の防衛市場は分断された大規模な産業基盤を支えられないとの判断に基づくものだった。1990年以降、米国の防衛産業基盤は51社から主要5社へと縮小した。
ここにきて日本とドイツはいずれも、再軍備を行わないとした戦後の取り決めから離れつつある。国内で必要とする兵器を生産する大規模な請負企業がなければ、新規の軍装備調達で米国のナショナルチャンピオンに依存せざるを得ないリスクがある。
ドイツはこれを成功させる強い動機を持つが、中国という巨大な隣国と向き合う日本ほどではない。EUが自らの運命を自らの手で握ろうとするなかで、官僚機構や制度的な制約への対応、加盟国間の利害対立といった、従来からの課題が立ちはだかる。
長年にわたり同様の停滞に苦しんできた日本は、一転して異なる局面を迎えた。高市氏はこれを実現する上で、他に例を見ないほど有利な立場にある。他国はその成否から学ぶことになるだろう。だからこそ、世界の投資家は黙って、高市氏に資金を投じているのだ。
(ジョン・オーサーズ氏は市場担当のシニアエディターで、ブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。ブルームバーグ移籍前は英紙フィナンシャル・タイムズのチーフ市場コメンテーターを務めていました。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Sanae Takaichi Has Everyone Shutting Up: John Authers(抜粋)
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