こども誰でも通園制度の試行的事業に対する現時点での評価
2026年4月からの「こども誰でも通園制度」の本格実施へ向けて、2024年度には試行的事業が全国100自治体以上において実施された。
保育所等に通所していない0歳6か月から満3歳未満の未就園児を対象に、こども1人あたり月10時間を上限として保育所等を利用できる形での試行的事業である。
そして同じ2024年度中に、試行的事業に従事する保育者や利用する保護者等に対し、こども家庭庁がアンケート調査を行っている。
これは、試行的事業の実施状況及び利用状況について把握し、本格実施に向けた基礎資料とすることを目的として実施されたものである。
同調査結果をもとに、試行的事業を通じた「こども誰でも通園制度」の評価について、こどもと保護者それぞれの視点から考察する。
1)こどもにとっての意義と現時点での評価
「こども誰でも通園制度の実施に関する手引き」(以下、手引き)では、こどもの成長の観点からの「こども誰でも通園制度」の意義として、家庭とは異なる経験をしたり、家族以外の人や同じ年頃のこどもと関わる機会が得られたりすることが挙げられている。
またそれによって、ものや人への興味関心が広がったり、社会情緒的な発達を支えたりすることができるという。
実際に試行的事業を利用した保護者へのアンケートの結果をみると、試行的事業を通してこどもに見られたよい変化について、「特にない」と回答する割合は2.3%にとどまり、多くの保護者が自身のこどもにとって一定の意義を感じていることがわかる。
特に「保護者がいない場所でも保育者や他のこどもと過ごすことができるようになった」70.9%、「お子さんが新しいことに取り組む機会が増えた」51.8%など、自身のこどもについて、家族以外の人や他のこどもと関わる機会の増加や好奇心の広がりを感じている保護者が一定数いる結果となっている。
2)保護者にとっての意義と現時点での評価
前述の手引きによれば、保護者にとっての「こども誰でも通園制度」の意義は、専門的な知識や技術を持つ人と関わることで、安心できたり、育児の孤立感や不安感の解消につながったりする点だという。
また、保育者のこどもへの接し方を見ることで、こどもの成長過程と発達の現状を客観的に捉えられるようになり、親として成長することができるとされている。
試行的事業を利用中の保護者に対し、事業利用の前後を比べた様子について尋ねたアンケートの結果をみると、「子育ての中で孤独を感じることが減った」「子育てを楽しいと感じるようになった」「こどもについて新たな気づきを得られた」などのいずれの項目においても「そう思う」と「ややそう思う」の合計が半数以上となっており、全体を通して肯定的な影響を感じている保護者が多い結果となっている。
本格実施へ向けて ―― 2つの社会的課題
以上のように、試行的事業の利用者からは「こども誰でも通園制度」について、おおむね肯定的に評価されていることがうかがえる。
最後に、同制度の本格実施へ向けて社会的な課題を2つ提示したい。
1)乳児期の子育ても周囲に頼れる社会に
「こども誰でも通園制度」は0歳6か月〜満3歳未満の未就園のこどもが対象となる制度である。
そうした小さなこどもを保育所などに預ける際には(特に乳児期の子どもほど)、保護者が「(保育所に預けるには)早すぎないか」と不安や葛藤を感じたり、周囲から「こんな小さいこどもを保育所に入れるのか」「保育園に預けてかわいそう」など利用を反対されたりすることがあることがこれまでに指摘されている。
村田・坪井(2021)は、近代的な育児に関する言説では、乳児の子育ては本質的に母親が責任を負うべき問題として語られ、乳児の集団保育が基本的には否定的なものと捉えられてきたと指摘している。
そして、そうした見方(生後しばらく常時世話を必要とする、未熟な状態で生まれてくる人間の乳児を、家庭で生みの母親である女性がひとりで担うべきとする見方)が日本では根強く、今日でも変わっていないとの見解を示している。
そのような社会意識は、0歳6か月から満3歳未満の低年齢のこどもを対象とする「こども誰でも通園制度」においても、一部の保護者にとって制度利用を躊躇させる要因となるおそれがある。
小さなこどもを育てる保護者が、こどもの豊かな育ちのために安心して制度を利用することのできる雰囲気を、社会全体で醸成していくことが重要である。
2)働いていても、働いていなくても頼って良い社会に
また「こども誰でも通園制度」は、親の就労の有無にかかわらず保育所等を一定時間利用できる制度である。
とりわけ専業主婦においては、一時的にでも保育所等にこどもを預けることに対して「罪悪感」や「抵抗感」をもつ傾向が強いことがこれまでに指摘されている。
実際に「こども誰でも通園制度」の試行的事業に関するアンケート調査の自由記述欄には、「出産以降、子を預かってもらうことに対し主婦である自分は肩身が狭く、働いていない以上自分1人で保育しなければと思い周囲に頼ることができずにいたが、正直疲れてしまうときも多くあった。
利用時間は短いが、預かってもらえるだけありがたい。
事業を利用中、カフェでコーヒーを飲んだ。妊娠中から控えていたので約3年ぶりで、1人で喫茶店に座っていることが信じられず、涙が出るほどありがたかった」という記述や、「子を預けることに対し罪悪感があったが、預けることで子が楽しんでいた様子や、私も親としてではなく1人の人として過ごす時間ができて良かった」といった記述がある。
これらの保護者は悩みながらも、おそらく多大な勇気を振り絞って試行的事業を利用することができた人々である。
一方、この他には、罪悪感や抵抗感の中で周囲に頼れなかったり制度を利用できなかったりして孤立してしまう保護者もいると考えられる。
制度そのものを充実していくだけでは、このように、制度を利用したくても利用すること自体に罪悪感や抵抗感をもってしまい苦しむ親子に、適切な支援を届けることは難しい。
特に近年は、女性の社会進出が進み共働き世帯が増えた一方で、専業主婦(主夫)や育休取得中である母親(父親)が、「働いていない」という言葉のもとに自分や周囲から知らず知らずのうちに追い詰められ孤立しているおそれがある。
社会全体で、就労の有無にかかわらず、保護者が様々な支援を利用したり、周囲に頼ったりしてもよいのだという意識を認め合うことが重要である。
それがひいては、全てのこどもの良質な成育環境と豊かな育ちを支援することにも繋がるはずである。
共同養育の意識を社会の基本に
比較認知発達科学を専門とする明和(2022)によれば、生物としての「ヒト」(わたしたち人間)は、もともと所属集団のメンバーとともに共同養育をしながら生きてきたと考えられるという。
明和によれば、チンパンジーは出産間隔が大体6〜8年間隔とかなり長い。
チンパンジーのこどもが成長し親離れの時期となり、母親よりも仲間と長い時間を過ごし始めると、母親チンパンジーに排卵が起こり、次の子どもを妊娠できるようになるという。
このようにチンパンジーの出産はひとりの子どもを丁寧に育て上げてから次子を産むスタイルとなっているという。
一方で、生物としてのわたしたち「ヒト」は、母乳育児をしていても排卵が起こり、2〜3年間隔で子どもを産むことができる。
そのうえヒトの乳児はチンパンジーよりも非常に無力な状態で生まれ、親は自分のために身体を使えない状態がチンパンジーよりも長く続く。
明和によれば、そのような「ヒト」が次世代をつないでくることができたのは、「ヒト」が所属集団のメンバーとともにこどもを育てる「共同養育」をしながら生きてきたからだと考えられるという。
そうであるならば、現代社会のなかで「孤立した子育て」をしている保護者は、本来共同養育によってやっと成り立つはずの子育てを、家庭の中だけで(場合によっては主にひとりで)なんとか行っている状況だということになる。
そのような観点で考えるならば、必要な制度や支援といったハード面をより充実させていくと同時に、育児に孤軍奮闘する保護者が、乳児期か否かや就労の有無にかかわらず「周囲に頼っていいのだ」と思えるように、共同養育つまり「子育ては社会全体で共同で支え合いながら行っていく」ことが当たり前になるような意識やつながりを、社会全体で共有し形作っていくことが重要なのではないだろうか。
2026年4月からの本格実施を契機に「こども誰でも通園制度」という新制度設立の背景にある社会の在り方や意識に目を向けることで、一人ひとりがゆるやかに互いを気にかけ、関わり合い、支え合える社会を構想する機会になることが望ましいと考える。
(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 研究員 小林 菜)
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