実写邦画作品として歴代最高の興行収入を記録した映画「国宝」。同作品の企画・プロデュースを担ったミリアゴンスタジオの村田千恵子執行役員は、米国や日本、韓国など各国の映画・映像業界を渡り歩き、感性を磨いてきた。映画人としての原点は1982年、大阪・梅田の映画館で見たミュージカル映画「アニー」だったという。

1930年代、世界大恐慌直後の米ニューヨーク。孤児院に暮らす赤毛の少女、アニーが持ち前の明るさと前向きさで自らの人生を切り開いていく物語だ。アニーが映画を見るシーンでは自身も胸を躍らせ、追いかけられてはしごを登る場面に恐怖を覚えるなど感情が揺さぶられた。それ以降、映画を愛し続け学生時代は月に20作品程度、ジャンルを問わず見てきたという。

同志社大学を卒業後に渡米。カリフォルニア州立大学ノースリッジ校で映画製作を学んだ。キャリアの基盤を築いたのが、駆け出しのころに携わった米サンダンス・インスティテュートでの経験だ。俳優兼監督として米映画界を代表したロバート・レッドフォード氏が立ち上げ、映画祭の主催としても知られる同団体で、アジア、ラテンアメリカ、欧州の新人監督や脚本家の支援に取り組んだという。

当初は配給などの仕事に関心があったが、製作サイドに近いサンダンス・インスティテュートでの業務も「本当に勉強になった」という。投資すべき「才能を見極める」力は、その後に韓国のCJグループの企業やソニーグループの映画子会社、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)などビジネスサイドに移ってからも活きた。

SPE時代には映画「キングダム」や「50回目のファーストキス」に関わったほか、ソニー・ミュージックエンタテインメント傘下のアニプレックスでも実写作品の製作に携わった。23年にアニプレックスの子会社としてミリアゴンスタジオが設立された際に同社に転籍した。

1つの作品が観客のもとに届くまでには長いプロセスを経る必要があるが、「脚本から製作に至るまでの日々のやりとりや契約、映画祭と劇場公開にも全部通しで関わることができた」ことが大きな財産だと振り返る。

作品を世に出すために、脚本を誰が書くのがベストか、誰と組むのがベストか―。俳優、脚本家、監督、配給会社や出資企業の担当者などさまざまな人と関わる中で、最適な人材を見極める力がプロデューサーに求められると強調する。国宝のプロデュースでも、「これまでの映画業界での経験全てが生きている」と述べた。

映画館で見る価値

国内で6月に公開された国宝は、日本の伝統文化である歌舞伎を題材にした物語だ。11月に実写邦画の国内興行収入が173億7000万円を突破し、22年ぶりに首位が入れ替わった。米アカデミー賞国際長編映画賞などで候補を絞り込んだショートリストに残り、アジア各国でも公開が始まった。

国宝のスマッシュヒットに、村田氏は手応えを感じている。歌舞伎に興味を持ってもらうことを目指していたが、実際に歌舞伎の観客増にも貢献した。松竹の6-8月期の演劇事業の営業損益は4億1500万円の黒字(前年同期は4億900万円の赤字)に転換した。「すごいスピードで波及していることを日々感じている」という。

根っからの映画少女だった村田氏にとって、嬉しかった出来事がもう一つある。かつては特別な娯楽としての地位を確立していた映画鑑賞だが、動画配信などの普及に伴い、映画館まで足を運ぶハードルは上がった。そうした中でも多くの人が劇場を訪れ、「映画館で見た価値があったと言っていただけるのは本当に嬉しい」と顔をほころばせた。

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