安全資産の王道とされる国債に個人マネーが本格的に向かい始め、個人向け国債の販売量が急増している。だが個人向け国債は市場で売買される通常の国債と似て非なる商品であることを、どれだけの人が正確に理解しているだろうか。

個人向け国債の販売総額は2025年、約5兆3000億円と18年ぶりの高水準となった。SNSやテレビ、新聞でも「国債利回りの急騰」を目にする機会が増えたが、そこで語られる「金利」は、個人向け国債の利回りとは別物だ。

安全性が高いと見なされる分、こうしたポイントを見落とすと、想定していないリスクや期待外れのリターンにつながりかねない。金利が動く時代に入った今だからこそ、個人が押さえておくべき個人向けの仕組みとリスクを解説する。

個人向け国債とは

個人向け国債は、個人投資家向けに国が発行する国債で、3年固定、5年固定、10年変動の3つが用意されている。元本と半年ごとの利息支払いが国によって保証され、最低利率0.05%も設けられている。シンプルな商品設計だが、市場で売買される国債とは根本的に異なる仕組みを持つ。

その違いが最も表れるのが途中換金の方法だ。国債は価格が金利の変動に応じて上下するが、個人向け国債は国が一定の条件で買い取る方式で、市場価格の影響をほとんど受けない。価格変動リスクから切り離された預金に近い商品設計が、販売増加の要因の一つとみられる。

実勢を下回る個人向け金利  

投資の世界では、リスクを抑えればリターンも小さくなるというのが基本原則。個人向け国債もその例外ではなく、国の保証を背景に利回りは市場実勢を下回る。

償還期間5年の普通国債の平均利回りは11月が1.28%で、12月は1.42%に上昇した。一方で、個人向け国債は11月発行分が1.22%、12月発行分は1.19%にとどまった。市場金利が上向く局面では、この差が目立ちやすい。市場の金利変動を反映する設計の10年変動型の金利も、直前の10年国債入札における平均落札利回りに0.66を乗じた値が金利として設定される仕組みだ。

市場の変動から保護される一方で、市場金利の上昇の恩恵をそのまま享受できない点は、個人向け国債の構造的な特徴として理解しておきたい。

1年間の換金制限

個人向け国債は余剰資金を長期で運用する商品としては適しているが、短期的な売買差益を狙うような投資手法には向かない。購入から1年以内は原則解約できず、市場で自由に売却することもできないという制約があるためだ。しかも解約する場合は、直近2回分の利息を返金する必要がある。

例えば、昨年12月発行の固定5年利付個人向け国債(第164回債)を今年の年末に換金した場合、100万円当たりの収益は税引き後で250円程度。金利上昇期に発行された11月債(175回債)でも来年末の収益は1500円程度にとどまる。

足元の世界的な物価高や、株式や社債への投資に切り替えた場合の機会損失を踏まえると、個人向け国債の収益は心許ない水準と言える。

インフレ下での実質利回り

個人向け国債が名目上の元本を守る商品である一方、インフレによる実質価値の変化には対応しない点も重要だ。利回りが名目で固定されている固定3年・固定5年の場合、インフレ率が利回りを上回れば、実質的なリターンは目減りする。例えば年1%の利回りで運用しても、物価が年1.5%上昇していれば、実質的に利回りは0.5%のマイナスだ。

変動10年は基準金利に応じて利率が見直される仕組みだが、利率がゼロに近づかないよう下限0.05%が設定されているだけで、物価上昇分が必ず補填(ほてん)されるわけではない。インフレ局面では、元本保証と資産の実質価値の維持は別問題となる。

個人向け国債は有利になる局面

個人向け国債が選択肢となるのは、市場の変動が大きく、資金の安全性を優先したい局面だ。市場金利が急騰しても価格が下落せず、元本と利払いが確実に戻る点は、方向感の見えにくい環境では一定の役割を果たす。

ただ金利が持続的に上昇する局面では市場金利の上昇を取り込めないため、固定型は特に魅力が薄れやすい。変動型であっても市場国債ほど機動的には利回りが動かない。

向く投資家と向かない投資家

こうした特徴から、個人向け国債が向くのは、短期で資金を動かす予定がない投資家だ。市場変動への耐性が低い投資家や、安定的な資金置き場を求める層にとっては合理的な選択となる。

一方、金利上昇局面で高い市場利回りを積極的に取りに行きたい投資家や、インフレ下で実質的な価値維持を重視する投資家には適さない。1年縛りや換金時の利息返還は、流動性を求める投資家にとってハードルとなる。

普通の国債も買える

個人が購入できる国債には、「新窓販国債」と呼ばれる市場取引型の商品もある。売却時の価格が金利動向に左右されるため、元本割れの可能性と、市場環境次第で利回りを高められる余地の双方を持つ。一方、個人向け国債は市場の値動きを取り込まず、あらかじめ決められた条件に従って換金される。

同じ国債でも、目的に応じて果たす役割は異なる。金利が再び存在感を取り戻したいま、両者の構造的な違いを理解することは、単なる金融知識ではなく、個人投資家が変化の大きい「金利の時代」を賢く生き抜くための武器となる。

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