トランプ関税対策

来春の賃上げを側面支援するときに忘れてはいけないのが、トランプ関税対策だ。当初の高市政権の政策運営では、ここが抜け落ちているように感じた。石破前首相はトランプ関税を国難と呼んでいた。

相互関税は当初公表の24%から15%へと引き下げられたが、国難は続いている。2025年度上期決算では、自動車大手の業績には甚大な打撃があった。

この点、政府は資金繰り支援を中心に、国難対策を推進している。常々、これだけでは弱いと筆者は考えてきたが、総合経済対策では「プッシュ型伴走支援体制を強化して、よろず支援拠点に生産性向上支援センターを設置する」としている。

これがどこまで有効なのかは未知数だ。それでも、商工団体などと協力して伴走支援体制をつくろうとする考えもあり、方向性としては改善している。

私案:賃上げ促進策

筆者はエコノミストなので、賃上げ促進のためのプラス・アルファの政策が何かを常に考えている。

それは、(1)中小企業の輸出拡大と、(2)AI活用による省力化・AIサポート人材の育成と派遣である。それに(3)賃上げ促進税制の拡充を加えると、3つである。

現状、企業規模別の輸出額は約85%が大企業によって行われていて、中堅・中小企業は僅か15%しかない。中堅・中小企業の海外向け輸出をもっと大胆に増やせば、そこで投資拡大と事業拡大のための人材採用・育成が加速する。

個別にみると、食料品、金属製品、木材・木製品、繊維などは相対的に輸出志向が強い。そうした業種で政府が輸出促進すれば、アジア諸国や欧州に輸出が伸ばせる。

逆に、自動車・部品は中堅・中小企業の輸出がほとんどない。その状況を政府の支援で変えて行った方がよい。

AI活用では、労働生産性を高めることが肝要になる。筆者の分析では、人員が減って資本生産性が高まると1人当たり人件費が増えることがわかった。

中小企業の場合、社内にAI人材がおらず、社外からその利用の仕方を指南するエキスパートが居れば画期的にスキルの習熟が進むだろう。

マクロ的にAI化は人員削減圧力になるが、そこは労働移動の仕組みを在籍型出向・転籍を増やすことで労働市場の流動性を高めればよい。

税制に関しても、かなり改善されたが、もう一段の改善はできる。中堅・中小企業では人員の高齢化が進んで、定年などの退職者が増え、総人件費が前年比で減ることも多い。

現行制度ではいくらベースアップをしても、総人件費が増えなければ税優遇が行われない。特に中小企業に関して、純粋にベースアップをしたら手厚い恩恵が及ぶような見直しを期待したい。

おそらく、ここで筆者が示した私案は、政府の経済対策や成長戦略の枠組みの中でも実行可能である。

特に、中小企業の輸出拡大は、それほど非現実的なことではなく、「100億宣言企業」や「重点支援地方交付金」、「『稼ぐ力』強化戦略」の範囲内でも推進可能である。高市政権下でも、そうした成長戦略の質的改善を行っていただきたい。

※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生