中国では近年、高齢者の就労を支える制度整備が進んでいる。定年後の就労について、雇用契約の書面化や社会保険への加入など、最低限の権利を保障しようとする規定が整備されつつある。

ただし「高齢期も働くことを前提とする社会」への転換は、短期間で実現できるものではない。
制度面の調整に加え、働き方や社会意識の変化も必要であり、段階的に移行していくことが求められるだろう。

「高齢者も働く社会」に向けた基盤整備

中国では近年、高齢者の就労に向けた制度整備が進んでいる。
2026年1月、就労や社会保障を管轄する人力資源社会保障部は「定年退職年齢を超えた労働者の基本権益の保障に関する暫定規定」(以下「暫定規定」)の制定を今後の重要課題の一つとして位置づけた。

これは、2025年1月からの定年延長を背景に、定年後に再就職・再雇用される高齢者の最低限の権利を制度的に保障しようとするものである。

これまで中国では、法定退職年齢に達すると労働関係は原則として終了すると理解されてきた。労働法体系の中心である労働法および労働契約法は、基本的に現役労働者を想定して設計されており、定年後の就労は制度の外に置かれてきた。

そのため、定年後に再び働く場合、「労務関係」として扱われ、(労働契約ではなく)民事契約の問題として整理されることが多く、労働法上の保護や労災保険の強制適用が及ばないケースも少なくなかった。

結果として、定年後の就労者は制度上のグレーゾーンに置かれやすい状況にあった。

暫定規定は、こうした高齢者の就労をめぐる法的な空白を是正し、定年後に就労する高齢者に対してまず最低限の権利保障を明確にすることで、高齢者も働く社会に向けた基盤を整えようとしている。

定年後の就労をどう位置付けるか

暫定規定は2025年7月に意見募集稿(草案)として公表され、同年8月まで意見募集が行われた。2026年2月末時点では最終決定には至っていないが、その内容から、政府が目指す方向性を読み取ることは可能である。

以下では、(1)対象者、(2)雇用契約、(3)社会保険、(4)労務環境の4点について、その内容を整理する。

(1)対象者
対象者は、定年退職年齢以降に再就職または再雇用された者である。雇用主の指揮命令下で有償労働を行う者については、形式上は有期契約であっても、「労働者性」が認められる限り、通常の従業員と同様に労災保険を適用する方向が示されている。

これは、定年後の就労を制度の枠外に置かず、法的保護の枠内に位置づけようとする姿勢を示すものである。

(2)雇用契約
雇用契約の書面化を義務付け、業務内容、勤務地、勤務時間、契約期間、報酬、社会保険加入などを明記させるとしている。また、報酬を最低賃金以上とすることが求められる。

従来、契約自由の原則が強く働く民事契約として扱われることの多かった定年後の就労に対し、最低限の法的安定性を確保しようとする設計である。

ただし、現役労働者と完全に同一の法的地位を付与するものではなく、あくまで特別な類型として整理している点に制度的な配慮が見られる。

(3)社会保険
労災保険は事業主に加入義務が課される。
一方、年金や医療保険については、受給と就労の併存を認めている。ただし、受給に際しての資格年数が不足している場合には個人負担での継続加入を可能とし、労使合意があれば事業主拠出も認めるとしている。

なお、現行下の年金(都市職工基本年金)の受給資格年数(年金を受給するために必要な保険料納付期間)は15年以上である。

また、中国の場合、定年退職者が引き続き公的医療保険(都市職工基本医療保険)に加入し、給付を受ける場合についても資格年数を設けている。資格年数は都市によって異なるが、例えば北京市の場合、男性は25年、女性は20年となっている。

定年退職時に資格年数を満たしており、年金受給を開始している場合、原則としてそれ以降、保険料を支払う必要はない(定年退職時に不足分を一時金で追納することも可能)。

受給と就労の併存は、高齢者の就労継続を後押ししながらも、企業や財政への急激な負担増を避ける現実的な制度設計といえる。

(4)労務環境
知識や経験に応じた配置、安全・健康への配慮、原則としての時間外労働の禁止、休息・休暇の確保なども求めている。高齢就労者の活用とその保護の両立を目指す姿勢がうかがえる。

以上を踏まえた上で、中国の暫定規定の内容や高齢者の就労に向けた制度整備の動きを、日本の仕組みと比較、整理してみる。

日本では、定年後に再雇用された場合でも、労働契約を締結し、使用者の指揮命令下で働く限り、法律上は通常の労働者と同じである。労災保険は年齢に関係なく強制適用される。

また、高年齢者雇用安定法(「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」)は企業に雇用機会の確保を求めているが、労災補償を特別扱いする規定はない。これは、「労働者である以上、当然に労災保険が適用される」という一元的な構造を前提としているからである。

すなわち、日本の制度は「年齢」ではなく「労働者性」を基準とし、定年は雇用管理上の区切りにすぎない。

他方、中国はこれまで「定年」を境に法的地位が変わる二元的構造をとってきたため、定年後就労者が制度上の空白に置かれやすかった。

暫定規定は、こうした構造の中で生じていた不安定さを緩和し、定年後の就労を制度の中へ組み込もうとする過渡的な措置と位置づけることができる。

総じてみれば、日本が「労働者である限り年齢に関係なく保護する」構造を採っているのに対し、中国は「定年を境に法的枠組みが変わる」構造の下で、定年後の就労をいかに制度内に再編するかという課題に直面しているといえる。

今後、暫定規定が正式な規定として確定する過程において、労働法体系との整合性や社会保険制度との接続がどのように整理されるかは、中国における「高齢者も働く社会」を左右する重要な論点となりうる。

これまでの高齢者就労策の変遷

中国の高齢者就労政策は、長い間「退職後の生活保障」を中心に進められてきた。しかし近年では「高齢者も社会の一員として働く存在である」という考え方へと大きく方向転換しつつある。

この変化の背景には、急速な高齢化と労働力人口の減少がある。政策は一気に変わったのではなく、2010年代以降、段階的に方向転換が進められてきた。

1980年代から1990年代前半にかけては、定年制度の確立が進んだ。男性は60歳、女性(管理職)は55歳、女性(労働者・一般職)は50歳という法定退職年齢が定着し、「定年になれば労働関係(労働契約)は終了する」という原則が広く共有された。

退職後は年金による生活保障が前提とされ、高齢者の再就労は例外的なものにとどまっていた。1994年に制定された労働法は、市場経済化の進展に対応して労働関係を整備した法律である。

しかし、この法律が想定していたのは主に現役の労働者であり、定年後の就労を積極的に位置づけるものではなかった。この基本的な考え方は、2008年施行の労働契約法にも引き継がれた。

労働契約の書面化や解雇規制の強化など、労働者保護は強化されたが、定年に達すると労働契約は終了するという原則は明確に維持された。その結果、定年後に再び働く場合は、「労務関係」として民事契約扱いになることが多くなった。

この場合、労働法上の保護や労災保険の強制加入が適用されないことがあり、制度上の空白が生じることとなった。

政策の方向が変わり始めたのは、高齢化社会に移行した2010年代である。

急速な高齢化が社会問題として強く意識されるようになり、「高齢化に積極的に対応する」という方針が打ち出された。

高齢者の社会参加や再就労を促す考え方が政策文書に盛り込まれ、「高齢者は扶養される存在」という従来の見方から、「社会を支える存在」へと発想が転換し始めた。
ただし、この段階では理念面での変化が中心であり、制度そのものは大きくは変わっていなかった。

大きな転換点は2021年以降である。2021年は高齢化率が14.2%に達し、中国は高齢社会に移行した。この年に発表された第14次五カ年計画(2021-2025年)では定年延長の方向が示され、高齢人材の活用が国家戦略として明確に位置づけられた。

その背景には、少子化の進行や労働力人口の減少、年金財政の持続可能性といった構造的な課題がある。

さらに、60歳以上の高齢者を前期(60-69歳)、中期(70-79歳)、後期(80歳以上)に分類し、特に前期高齢者(60-69歳)を重点対象として、社会参加や雇用環境の整備を進める方針が打ち出された。

その後、2024年には定年退職年齢を超えた就労者の権利保護が提唱され、2025年1月からは段階的な定年延長が開始された。7月に公表された暫定規定の草案は、このような政策的な変遷を経て発出されたものである。

以上を時系列で整理すると、中国の高齢者就労政策は、
(1)退職後の保障を中心とする段階、
(2)高齢化問題を強く意識し始めた段階、
(3)高齢者の雇用に向けた基盤整備の段階、
という三つの段階を経てきたと言えよう。

ただし、上述のように、現在も「定年」を法的な区切りとする枠組み自体は維持されている。

そのため、定年後の就労をどのように制度の中で安定的に位置付けるかが引き続き課題となっている。ここに、中国の制度改革が段階的に進められている特徴が表れているとも言えよう。

定年後の就労に関する実際の状況

前述のとおり、定年後の就労を後押しする政策は進められているが、実際の就労状況はどうであろうか。

まず、定年退職年齢以降の就業率については、決して高いとは言えない状況にある。直近の国勢調査(2020年)に基づいて就業率を算出すると、都市の男性では、60-64歳(男性の定年は60歳)の就業率は27.1%、65-69歳では18.8%であった。

一方、都市の女性については、50-54歳(一般職の定年は50歳)は44.5%で比較的高いが、すべての女性が定年を迎える55-59歳(管理職の定年は55歳)では24.8%に低下する。

さらに60-64歳となると13.1%、65-69歳では9.6%まで下がる。政府は、今後、前期高齢者である60代の就労促進に力を入れるとしているが、男性の就業率は2~3割、女性に至っては1割ほどの状態にある。

では、なぜ定年後の就業率は低いのだろうか。定年に近い年齢層を中心に離職・失業理由を確認してみる。

男性では、定年前の55~59歳、定年後の60~64歳のいずれの年齢層でも、「契約業務完了(非正規を含む)」が最も多く、それぞれ43.8%、40.2%と約4割を占めている。つまり、契約の終了がそのまま失業や離職につながっている実態がうかがえる。

さらに、定年年齢に達する60~64歳では、「定年退職」を理由とする割合が22.9%まで上昇している。契約満了に加え、制度上の定年到達そのものが大きな要因となっている。契約期間の満了や定年到達が、そのまま労働市場からの退出につながっている。

とりわけ60〜64歳では、「契約業務完了」に加えて「定年退職」の割合も高まっており、制度上の年齢区切りが依然として強い影響力を持っていることが分かる。

言い換えれば、高齢期における失業や離職は、契約形態や定年制度といった制度的要因によって規定されている側面が大きい。その結果、再就職や再雇用の機会が十分に確保されなければ、定年後の就業率は伸びにくい構造となっている。

一方、注目されるのは、女性において「家族の世話」が就業継続を左右する大きな要因となっている点である。

定年退職前の45〜49歳では「家族の世話」が31.6%と最も多く、制度上の定年前に離職しているケースが少なくない。

さらに、50歳および55歳の定年を含む50~54歳、55~59歳では、「定年退職」と「家族の世話」が二大失業理由となっており、制度的要因と家族的責任の双方が女性の就業継続を制約している構図が浮かび上がる。

この背景には、家庭内におけるケアの負担構造があると考えられる。孫の育児支援や高齢の親の介護を担うのは中高年女性であることが多い。

特に都市部では共働き世帯が主流であり、その祖父母が孫育てを担う姿が一般化している。公的介護・保育サービスの整備が進みつつあるとはいえ、依然として家族依存型のケア体制が中心であり、結果として女性の就業継続が犠牲になりやすい。

以上を踏まえると、中国における定年後の就業率の低さは、単に高齢者本人の就労意欲の問題だけでは説明できない。

契約形態や定年制度といった制度的要因が大きく影響しているほか、家族内での育児や介護といったケア負担が高齢期に集中しやすいことも、就労継続を難しくする要因となっている。

政府は現在、定年の段階的引き上げや、再就業支援の強化を進めている。しかし、仮に定年を引き上げたとしても、企業の雇用慣行や家庭内におけるケアの負担構造が変わらなければ、実際の就業率が大きく改善するとは限らない。

特に女性については、保育・介護サービスの拡充や、家族的責任の男女間分担の是正といった社会的基盤整備が不可欠である。

今後、前期高齢者(60代)の労働参加を高めるためには、単なる制度改正にとどまらず、雇用の質の改善とケア政策の再設計を含めた包括的なアプローチが求められるであろう。

「高齢者も働く社会」は実現できるのか

本稿では、中国における高齢者就労政策の制度的整備の動向と、その実態との間に存在するギャップを整理してきた。

近年、定年延長の実施や暫定規定(草案)の公表に象徴されるように、中国は明確に「高齢者も働く社会」へと舵を切っている。これは、急速な高齢化、労働力人口の減少、年金財政の持続可能性といった構造的課題に対応するための不可避の政策転換である。

しかし、実際の就業率を見ると、都市部の60代男性でも2〜3割、女性では1割ほどにとどまるなど、政策の方向性と現実との間にはなお隔たりがある。

その背景には、
(1)定年を境に法的地位が変わる制度構造、
(2)雇用の不安定性、
(3)家族内ケア負担の集中、という三つの構造的要因が存在している。

特に重要なのは、「定年延長=就業率上昇」ではないという点である。定年の年齢を引き上げても、契約が更新されなければ就労は継続できない。

また、女性が家族ケアの担い手であり続ける限り、制度上の定年が延びても実質的な労働参加は限定的なままであろう。制度改正は必要条件ではあるが、それだけでは十分ではない。

今後の政策課題としては、第一に、定年後就労の法的安定性をさらに高めることである。

暫定規定は過渡的措置として評価できるが、将来的には労働法体系との整合性を図り、年齢ではなく「労働者性」に基づく一元的な保護へと収斂させていく方向も検討に値する。

法的地位の不安定さを解消することが、高齢者の安心感と企業側の予見可能性の双方を高めることにもなるであろう。

第二に、雇用の「量」だけでなく「質」に着目する必要がある。

再雇用や有期契約が広がるなかで、賃金水準の大幅な低下や職務内容の切り下げが常態化すれば、高齢者の就労意欲は持続しない。

経験や技能を適切に評価し、能力に応じた配置や研修機会を整備することが、人的資本の活用という観点からも重要である。

第三に、介護保険制度や子育て支援など社会保障政策との連動である。

女性の早期離職の背景に家族ケアがある以上、保育・介護サービスの拡充、男性のケア参加促進、地域コミュニティによる支援体制の整備といった施策なしに、「高齢者も働く社会」の実現は難しい。高齢者就労政策は、ジェンダー政策・家族政策と不可分の関係にある。

総じて言えば、中国は現在、「定年後の生活保障を中心とする社会」から「高齢期も就労を前提とする社会」への転換期にある。

ただし、その移行は一挙に完了するものではなく、制度の調整と社会意識の変化を伴う段階的な過程が必要となるであろう。

「高齢者も働く社会」とは、高齢者に働くことを強いる社会ではなく、働きたい人が安心して働ける選択肢を持てる社会である。高齢人材の活用とその権利保障をいかに両立させるか。その均衡点をどこに見いだすかが、今後の中国社会にとって重要な分岐点となるであろう。


※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山ゆき
※なお、記事内の「図表」と「注釈」に関わる文面は、掲載の都合上あらかじめ削除させていただいております。ご了承ください。