(ブルームバーグ):米食品医薬品局(FDA)の職員は11月7日、粉ミルクメーカーの米バイハートに対し、同社製品を摂取した乳児がボツリヌス症に罹患(りかん)した事例を調査していると伝えた。その3日前には、バイハートが「今年最大のセール」と称してブラックフライデーの特売を宣伝していた。
同社は当局から連絡を受けた後、限定的なリコールを発表したが、それからわずか1週間弱で全面リコールを余儀なくされた。現在では、缶からボツリヌス菌の芽胞が検出されたことを認めており、全製品が汚染されている恐れもあると警告している。
バイハートは大量生産の粉ミルクに代わるクリーンな選択肢として自社を売り込み、「より高い基準」も掲げていた。こうしたメッセージは、2022年に不衛生な工場を起因とする粉ミルク不足が発生した後、子供をもうけた親たちから支持を集めた。
だが、そのバイハートが今、相次ぐボツリヌス症例に直面している。8月以降、同社の粉ミルクを使用した乳児のうち計37人がボツリヌス症の確定例、または疑い例として17州で入院している。同社に誤解させられたと感じている家族らは、問題発生時の対応も不十分だったと訴える。
「ここで得た教訓は、ナチュラルやオーガニックを掲げているからといってそれを信用してはならないということだ」と、スティーブン・デクスターさんは話す。バイハートの粉ミルクを飲んでいた生後4カ月の子供が夏にボツリヌス症で入院した。
バイハートの広報担当者は、FDAと協力して対応していると回答。「事実を把握するため、工程のあらゆる側面を調べている」とコメントした。
安心の言葉
バイハートが11月前半に粉ミルク2ロットのみをリコールすると顧客に最初の電子メールを送った際、ジェイラ・バートリーさんは引き続き同社の粉ミルクを子供に与えていた。手元の缶はリコール対象に含まれておらず、創業者によるSNS上の説明を信用したためだ。
「乳児用の粉ミルクが乳児ボツリヌス症を引き起こす可能性があると信じる理由はない」と、バイハートの共同創業者、ミア・ファント社長はボツリヌス症例について初期段階で述べていた。
「少し不安はあった。でも、その時点では粉ミルクを変えなかった。粉ミルクを変更するのはとてもストレスが大きく、難しいからだ」とバートリーさんは語った。「ああ、大丈夫。対象はあの2ロットだけなんだと」。
公益科学センター(CSPI)の規制問題担当ディレクター、セイラ・ソーシャー氏は「こうした安心の言葉と対応遅れの直接的かつ明白な結果として、乳児らは飲むべきではなかった量のリコール製品を摂取することになった」と指摘する。
品質管理
ファント社長とロン・ベルデグルン氏は16年にバイハートを創業した。ファント氏は、娘に安心して与えられる粉ミルクを選ぶのに苦労した経験が会社設立のきっかけになったと話す。
米国の粉ミルク市場は、少数の大手企業でほぼ占められている。数年前、アボット・ラボラトリーズの工場での別の汚染危機が全国的な粉ミルク不足を引き起こして以降、バイハートのような小規模メーカーが台頭してきた。

ファント、ベルデグルン両氏はより自然な選択肢の提供に注力すると述べていた。バイハートはコーンシロップやパーム油、大豆など、ウェルネス志向の高まりによって定期的にターゲットにされる原料を使わない独自レシピを開発した。
バイハートは22年までに1億9000万ドル(約300億円)を調達。ファント氏は当時フォーブス誌に対し、投資家への売り込み材料として品質へのこだわりを強調したと語っていた。同社が自前の製造施設を取得したことも明らかにし、「工程をよりコントロールできれば、品質もより管理できる」と述べた。
バイハートは22年、アボットの危機のさなかに販売に乗り出すと急速に人気が高まった。各缶に使用される全乳を提供する牧草飼育牛の写真をサイトに掲載。同社が資金提供した科学研究を紹介して、そのレシピを飲んだ乳児は便がやわらかく、吐き戻しが少ないことが証明されたと主張した。
米疾病対策センター(CDC)によると、バイハートは米国の粉ミルク販売全体の約1%を占めた。調査会社PrivCoのデータでは、同社の昨年の売上高は2850万ドル。一方、業界大手アボットは24年に粉ミルクで40億ドルを売り上げた。
カリフォルニア州衛生当局の担当者はここ数カ月で、全国的に乳児ボツリヌス症の症例が異常に多いことに気付いた。発症した乳児のほぼ半数がバイハートの粉ミルクを使用していた。
粉ミルクを含め、市販製品に関連した乳児ボツリヌス症のアウトブレイクはこれまでなかったと、CDCの食品媒介・水媒介・環境疾患部門のディレクター、メギン・ニコルズ氏は話す。
乳児ボツリヌス症は、蜂蜜や土壌など自然界に存在する芽胞を乳児が摂取し、未熟な腸内で毒素が生まれることで起きる。乳児が弱り、食べることが困難になる可能性があり、致命的にもなり得る。
まだ返金なし
スティーブン・デクスターさんと妻ユラニーさんの娘は、バイハートの粉ミルクを飲んで夏にボツリヌス症で入院した。娘は抗毒素の投与で回復し、両親は最初のリコールが出るまでは引き続きバイハートを与えていた。誰も関連性に気付かなかったためだ。
症例が増えるにつれ、バイハートは粉ミルクを全てリコールした。当初、10月1日以降の初回注文者に限り全額返金するとし、それ以外の購入者には2缶分のみ返金するとしていた。
「32年間、この分野の最前線にいるが、企業が返金しないと言った例は記憶にない」と、食中毒を専門とする弁護士ビル・マーラー氏は語る。同氏はバイハートを提訴している十数世帯の家族のうち3家族の代理人を務めている。
バイハートは25日、方針を変更し、8月1日以降に注文した全ての顧客に全額返金すると発表した。
最初のリコール対象に含まれていない缶を使っていたため、バイハートを子供に与え続けていたバートリーさんは、FDAがボツリヌス症例を公表した3日後、カスタマーサービスに連絡した。だが、誰も出ず、今度はメールを何度も送ったが、自動返信が届くだけだった。
今月14日になってようやく連絡がつき、バートリーさんは2時間待たされた末に、5-8日以内に返金されると説明を受けたが、お金はまだ戻ってきていない。
原題:Botulism Crisis Over ByHeart’s Baby Formula Belies Healthy Aura (1)(抜粋)
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