表参道の静かな路地を、ディオールのサドルバッグやエルメスのシルクスカーフを身に着けた外国人が行き交う。ファッション感度の高い観光客が探し求めているのは、伝統的な土産品ではなく、中古のデザイナーズバッグだ。

中古ブランド品の「需要は膨大だ」とヴィンテージ再販業者のクリス・ジャン氏(29)は話す。米ニューヨークを拠点に、主に日本でヴィンテージ品を買い付けて販売し、今年の売り上げは160万ドル(約2億5000万円)に達する見込みだ。

円安でインバウンド(訪日外国人)が記録的な水準となる中、日本のヴィンテージ市場が話題を呼んでいる。インスタグラムやTikTokには観光客が東京で購入したヴィンテージ品を紹介する動画があふれ、主要都市のヴィンテージ店を巡るツアーを開始した旅行代理店もある。

中古ブランド店「ALLU」の表参道店(東京都渋谷区・9月)

リユース経済新聞の調査によると、ファッション領域の中古品市場規模が2024年に初めて1兆円を超え、そのうち「ブランド品」は前年比約16%増の4230億円となった。

 

中古ブランド店「ALLU」の表参道店では、3階建ての建物内にヴィンテージ品が並ぶ。ALLUのほか、ブランド品買い取り店「なんぼや」などを運営するバリュエンスホールディングスは、7月にサザビーズがパリで開催したオークションで注目を集めた。

エルメスが、英仏で活躍した歌手で俳優の故ジェーン・バーキンさんのために制作したオリジナルの「バーキンバッグ」第一号を、約1010万ドルで落札。バッグとしてはオークションでの最高額を記録した。この価格はバリュエンスの前期の営業利益とほぼ同水準だった。

代表取締役の嵜本晋輔氏は「3年前や5年前なら、私自身が恐らくオークションに参加することを決められなかった」とブルームバーグの取材で語った。バッグを落札できる余裕が生まれた理由について、過去数年間の事業の成長と為替変動を挙げる。「より円安に振れる方が間違いなく大きな恩恵を受けられる」と言う。

エルメスの「バーキン」第一号 (フランス・パリのサザビーズ・7月)

ALLUの店舗から徒歩5分の距離にはヴィンテージショップ「AMORE Vintage」がある。店内には華やかな色合いのシャネルのヴィンテージ品が並ぶ。顧客には、米ラッパーのケンドリック・ラマーや英国出身のポップスター、デュア・リパなどが名を連ね、セレブたちのサインが店内の壁を彩っている。

AMOREのブランドディレクターの板倉凌子氏によると、コロナ禍以降、海外セレブによる日本のヴィンテージファッションへの関心が急速に高まっているという。良好な保存状態の希少アイテムに対する評価が、SNSを通じて広まったためだ。

AMOREは在庫を国内のオークションで仕入れ、ほぼ全てを外国人観光客向けに販売している。板倉氏によれば、米大リーグのロサンゼルス・ドジャースが今春に来日した際には、選手の妻がシャネルのベースボールシャツを購入したという。

日本人は「物を大切に使い、特別な時しか使わない」と板倉氏は話す。そのため、多くのリユース店では「質屋の文化の中で、状態が良い物が流通している」。

「ALLU」表参道店のヴィンテージ商品

健全な需給サイクル

早稲田大学ビジネススクールの長沢伸也教授は、高品質の中古デザイナー品の豊富さこそが、日本の市場を他国と差別化していると指摘。バブル期から始まったトレンドで、歴史的な観点から高級品市場への「日本の貢献は非常に大きい」と話す。

中古市場で流通しているバッグのほとんどは、長い間クローゼットの中で眠っていた。生活費の上昇と1990年代ファッションの再流行を受け、「ずっと昔に買った物にはもう飽きてきたし、 高く売れるのなら手放してもいい」という消費者心理から売却が急増し、ヴィンテージ市場で健全な需給サイクルを生み出しているという。

長沢教授によると、日本のヴィンテージ品の人気が高いのは、偽物が少なく購入に安心感があることや、円安でインバウンドによる購入が増えていること、メンテナンスが良く新品同様の物が多いことが背景にある。

しかし、中古市場の需要は円安と密接に連動しているため、為替相場の動きによっては好況が失速する可能性もある。

バリュエンスの嵜本氏は、円が上昇すれば「多少なりとも影響を受ける」と話す。一方、AMOREの最大の顧客は米国からの観光客だ。旅行費用が高くなれば訪日客が減少する恐れがある。

米関税を逆手に

バリュエンスホールディングス代表取締役 嵜本晋輔氏

AMOREの板倉氏は、米国の関税措置などは自社に好材料にもなるとみている。「オンライン販売は関税があると厳しい」が、「 逆に言えばそれが日本で買うモチベーションになる」と指摘する。来日して直接商品を入手する動きがますます広がっているという。

米国の関税措置は、ジャン氏が日本へ買い付けに出向くようになった理由の一つだ。現地で直接交渉することで、「まとめ買いをする代わりに関税の一部を負担してもらうよう売り手を説得する機会が得られる」と話す。

ジャン氏は、日本でさまざまなサプライヤーに会い、希少なヴィンテージ品を選ぶ様子をTikTokで発信しており、フォロワー数は2年間で約8万人に達した。運営する事業「rebelonging」は、日本などで買い付けたヴィンテージ品を米国へ輸送し、ポップアップストアやオンラインで、仕入れ値に25%上乗せして販売している。特にシャネルのクラシックバッグが人気で、1点当たり少なくとも3000ドルで販売されるという。

カルト的支持

日本のヴィンテージ業界は世界のファッション愛好家のコミュニティーでカルト的な支持を得ている。その理由についてジャン氏は、「日本には品質の高い商品があることが知られており、偽物に対する厳格なチェック体制も整っている」と説明する。

オリジナルのバーキンは今月到着し、24日までALLUの表参道店で展示されている。20日に店舗を訪れると、バッグは3階にある暗室でスポットライトを浴びていた。

バリュエンスによると、表参道店への来客数は展示が始まった19日以降、約3倍に増えた。嵜本氏は、このバーキンを販売する予定はないが、為替レートにかかわらず、集客につながることを期待している。

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