先週行われたFOMC(米連邦公開市場委員会)の後のパウエル議長会見。市場の大勢が織り込んでいた12月利下げは「規定路線ではない」と強調したことが、サプライズとなりました。パウエル氏は、巨額の投資が続く「AIブーム」そのものは「ITバブルとは別物だ」との見方を示しつつ、最高値を更新し続ける株式市場への懸念を示しました。大和証券チーフエコノミストの末廣徹氏が、パウエル氏の胸中に迫ります。
「規定路線ではない」発言の裏に株価高騰への警戒感か
FRBは10月のFOMC(連邦公開市場委員会)で政策金利の誘導目標を0.25%引き下げ、3.75~4.00%としました。投票権者12人のうち2人が反対票を投じましたが、市場を驚かせたのはこの先12月の会合をめぐるパウエル議長の発言です。「12月会合でどう進むかについては強い意見の違いがあり、利下げは規定路線ではない。むしろほど遠い状況だ」と明言したのです。

FOMC前、市場では12月の利下げ確率が約90%と織り込まれていましたが、パウエル議長の発言後は66.5%にまで下落しました。金融緩和のペースが減速する可能性が高まっています。

しかし、末廣さんはこの発言に疑問を抱いたと言います。「腑に落ちない部分がある。声明文では雇用の弱さやインフレリスクについての評価が前回から変わっていないのに、急に12月利下げへの見方が変わったのは不自然だ。何か隠している感じがする」

隠された理由の一つとして考えられるのが、AI関連株を中心とした株価高騰への警戒感です。記者会見で株式市場の割高感を問われたパウエル議長は「ある資産価格が間違っているとは言えない」としつつも「金融システム全体の安定性やショックに対する耐性を判断する」と慎重な姿勢を示しました。裏をかえせば、下落の可能性を認識している、ということにもなります。
末廣氏は「利下げを躊躇する理由の一つは株価の高騰だろう。株価上昇が個人消費を刺激する資産効果を通じて、必要以上に経済を持ち上げている可能性がある。実際、アトランタ連銀のGDPナウでは7-9月期の成長率が年率4%超と、米国の潜在成長率2%弱を大きく上回っている。IMFも分析しているように、株高が経済を押し上げ、それが更なるインフレ圧力になるのを懸念しているのだろう」と分析します。
AIブームは「ITバブルとは別物」との見方を示す一方で…
ただ、パウエル議長は株価への懸念を示しつつも、AIブーム自体については「長期的な視点に基づいて多くの投資が行われている分野で、生産性向上を促進する」と評価しています。「ビジネスモデルがあり収益も上げているので、ITバブルとは別物だと考えている」とも明言。

これをめぐり末廣氏は「パウエル議長の発言は、先週の会見における日銀・植田総裁の会見と似ている。資産価格そのものがミスプライスされているとは絶対に言わない。しかし、市場が期待して株価が上がり、その期待通りに成長するなら正しかったということになる。パウエル議長は少し踏み込んで、実際に収益が出ているので理に適った面もあるとしている」と解説しました。
会見ではAIの普及が低所得層の雇用を奪い、雇用情勢が悪化する懸念についても質問が出ましたが、パウエル氏は正面からの答えを避けました。末廣氏は「中央銀行はマクロ政策を担当しており、所得格差などの構造問題に対する処方箋を持っていない。所得再分配は税制などを通じた財政政策の役割だ」と指摘します。
バランスシート縮小の終了と長期的スタンス
FRBは政策金利を引き下げると同時にバランスシート縮小(QT)を12月1日に終了すると発表しました。なぜ即座ではなく、12月なのか。末廣氏は「9月に短期金利が上昇した経験から、12月の流動性低下に備えた措置だが、必ずしも最適な判断ではないかもしれない」と疑問も呈します。
「本来は12月だけ一時的に資金を供給し、1月からバランスシート縮小を再開する選択肢もあったはずだ。ここで完全に終了してしまうのはやや過剰な対応で、市場の危機を過度に恐れている証左かもしれない」
つまり、FRBは短期的にタカ派的な姿勢を取りながらも、実は長期的にはハト派的な警戒感を持っているとも解釈できます。末廣氏はこう強調しました。「FRBは市場のクラッシュを非常に恐れている。これは長期的な金融政策のスタンスを考える上で重要なポイントだ」
12月会合の行方と市場の反応
こうした点を踏まえると12月の政策判断において、特に注視すべきは「株価」だと言えそうです。しかし、ここにも一つ、勘案すべき状況があります。「FRBは過熱感を減らすために株価が下がってほしいと思っているようだが、逆に、株価が下がれば利下げしやすくなる。そうなると投資家としては、急いで売る必要はないとも考えられる。ここはゲーム理論的に、パウエル議長の意図と群衆行動が一致するかがカギになる」と末廣氏は指摘します。
結果的に、FOMC後の米株式市場ではダウが下落しましたが、IT関連銘柄の多いNASDAQはいったん下がりながらも復調しました。為替市場では円安が進み一時154円台半ばまで上昇しましたが、その後153円台半ばに落ち着きました。日経平均株価も5万1000円台を維持しています。
末廣氏は「株価が多少調整した後、利下げに踏み切るのではないだろうか。私はまだ12月の利下げを予想している」との見通しを提示しています。経済のファンダメンタルズとともに、金融市場の値動きを見ながら、FRBは年末にかけて難しい判断を迫られることになりそうです。