皆さん、こんにちは。布施太郎です。今月のニュースレターをお送りします。

記者の仕事は新しい出来事、つまりニュースを追うことですが、そのためには過去を振り返る必要が生じることも少なくありません。まさに温故知新です。

今回取り上げるのは、日本の証券会社の強みとされる「総合証券モデル」。このテーマを調べていくうちに、1965年の衆議院大蔵委員会での議論にまでさかのぼることになりました。

当時の大蔵相(現財務相)は田中角栄氏。60年代の証券不況で経営が傾いた山一証券を、日本銀行による事実上の無担保・無制限の特別融資(日銀特融)によって救い、市場の崩壊を食い止めたその手腕は、金融史に刻まれています。田中氏の下で証券取引法の改正も進められました。大蔵省証券局が理財局証券部から独立して格上げされたのも、金融危機のとば口に立っていた64年のことです。

こうした金融危機への対応の中で交わされた当時の国会議論には、現代にも通じる深い洞察があり、そのことに改めて驚かされました。

今回は、この総合証券モデルが抱える「負の側面」、すなわち利益相反問題に焦点を当ててみたいと思います。

「車の両輪モデル」の光と影

新合弁会社は日本の「総合証券モデル」を見直す契機になるか

三井住友フィナンシャルグループ傘下のSMBC日興証券と、米ジェフリーズ・ファイナンシャル・グループが立ち上げる新たな合弁会社は、日本の総合証券モデルを見直す契機になるだろうか。

企業の株式や債券を引き受け、それを機関投資家やリテール顧客に販売するこの事業モデルは、構造的に利益相反のリスクを抱える。この弱点をどう克服するのかが問われることになる。

野村証券や大和証券など大手の伝統的な収益モデルは「車の両輪」で成り立ってきた。片輪は、株式や債券発行の引き受け業務。もう一方は、引き受けた株式や債券を機関投資家やリテール顧客などへ販売する業務だ。

「うちは御社の株を売り切ります」というのが、引き受け部門の売り文句だ。強力な販売部門を持つ証券会社であれば、企業は安心して株式や債券の発行や売り出しを任せることができる。引き受け部門と販売部門の相乗効果で収益を押し上げる仕組みだ。

その一方で、弱点もある。引き受けと販売の利益相反関係だ。特にリテール顧客への販売が問題になりやすい。自社で引き受けた商品の売り切り圧力が強まると、個人顧客のニーズやリスク許容度を軽視した販売につながりかねない。機関投資家はプロとして商品のリスクを評価できるが、個人にはそれが簡単ではないからだ。

60年前の警鐘

利益相反問題については、実は約60年前にすでに警鐘が鳴らされていた。

「究極の目的と致しましては職能分化に踏み切った次第でございます」。

1965年、証券取引法改正案を審議していた衆議院大蔵委員会。当時の大蔵相、田中角栄氏はこう言い切った。「職能分化」とは、言い換えれば「機能分割」である。

改正案では、証券業務を「売買」(ディーリング)、「取り次ぎ」(ブローカレッジ)、「引き受け」(アンダーライティング)、「売り出し」(セリング)の4つに分類し、それまでの登録制から業務別免許制に転換した。

改正の引き金になったのは、60年代の「証券不況」だ。58年に始まった岩戸景気に伴う証券市場の活況で乱立した中小証券が倒産や廃業に追い込まれ、株式市場にこぞって参加した個人投資家の損失も拡大、社会問題化した。

証取法改正は、大蔵省の監督権限の強化と、複数業務を行う総合証券モデルに内在する利益相反の是正により、証券会社と市場への信頼回復を目指した。

審議では「(野村、大和、日興、山一の)四大証券がディーラーを片手で行い、片やブローカーを行ってきたことの中に、証券市場不振の一つの大きな原因が含まれている」との指摘も出て、これに応えたのが田中蔵相の掲げた「職能分化」だった。

将来的に証券会社を業務ごとに分割することで、利益相反を根本から解消して市場の公平性を確保し、顧客保護を図る。そうした発想が当時の議事録から読み取れる。現在、金融庁が強く求める「顧客本位の業務運営」を先取りしていたとも言える。

証券不況の象徴は山一証券の第1次経営危機だ。異例の日銀特融の実施が決定したのは65年5月28日。改正案可決の4日後のことだった。

変わるリテール営業

SMBC日興とジェフリーズが2027年1月の開業を目指す新会社は、両社の日本株事業を統合する。株式の引き受け業務(ECM)から日本株のセールス&トレーディング、株式リサーチ業務までを一つに束ね、海外の機関投資家へのリーチを確保することで、日本での大型案件の獲得を増やしたい考えだ。

SMBC日興の吉岡秀二社長はブルームバーグとのインタビューで、長期的には債券の引き受け業務(DCM)や合併・買収(M&A)の助言業務といった他のホールセール分野でも、協働や強化の在り方について検討すると述べた。将来的にはホールセール証券会社と、リテール顧客を対象とするSMBC日興に分社化する可能性もある。

米国では銀行持ち株会社の下に商業銀行と投資銀行、リテール証券会社を傘下に収める形態が主流となった。欧州でもユニバーサルバンク制の下、フルラインアップでサービスを提供している。ただ、ホールセール業務とリテール業務は法的に分離した別の会社で運営し、利益相反を「組織の壁」で管理するケースが多い。

日本の総合証券モデルも顧客本位の業務運営が浸透し、一つの会社内で引き受けとリテール営業を兼営しても、利益相反行為は適切に管理されているとの見方もある。一方、SMBC日興でかつて投資銀行業務を担うホールセール証券会社とリテール証券会社とが別れていた時期には、分割ゆえの情報連携の弱さが、かえってリテール顧客向けサービスの質の低下を招いたという指摘もある。

リテール営業は過去と比べて様変わりしている。従来の売買手数料に依存するモデルから、顧客の資産全体を踏まえて提案する「ポートフォリオ営業」へと軸足が移った。新しい営業方針の下では、自社の引受商品を当然のように顧客に売り込む旧来の手法は相いれない。

ホールセールとリテール営業で会社を分ければ、自動的に利益相反行為が消えるわけではない。ただ、相場が好調な時は株価の上昇を追い風として放っておいても規律は働く。問題が顕在化するのは、株価が低迷し、投資家や証券会社が逆風にさらされる局面だ。その時にこそ真価が問われる。

総合証券の「車の両輪」がはらむ利益相反問題を、ガバナンスと組織設計でどこまで抑え込めるのか。SMBC日興の新しい取り組みは、その実効性が問われる舞台になる。

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