金販売店前の前にできた行列の写真がここ1カ月にソーシャルメディア上で拡散する中、プロの貴金属トレーダーは次第に神経を尖らせていた。

MKSパンプの分析部門責任者ニッキー・シールズ氏は「金はあらゆるテクニカル指標で見ても行き過ぎた、一極集中の取引になっている」と10月6日付のリポートで記述。金スポット価格が1オンス=4400ドルに接近し最高値を更新した20日には、ヘレウスプレシャスメタルズのトレーダー、マーク・ローファート氏が「さらに買われ過ぎの状態になっている」と警戒感をあらわにした。

こうした警告は現実のものとなった。金価格は21日に一時6.3%下落し、2013年以来の大幅安を記録。24日まで下げを引きずり、1オンス=4113.05ドルで週を終えた。週間での下げ幅は138.77ドルと、過去最大級の落ち込みとなった。

金の長期強気相場は転換点を迎えたのか、それとも一時的な調整に過ぎないのか。タイ・バンコクの中華街にある同国最大の金取引拠点を訪れていた繊維工場労働者のスニサ・コドカソーンさん(57)にとって、その答えに迷いはなかった。

「金は最高の投資だ」とコドカソーンさん。「金が値下がりしたので、家族全員でお金をかき集めてここに来た」と話す。

 

コドカソーンさんだけではない。シンガポールから米国まで、世界各地のディーラーからは、今回の下落局面で金購入に関心を抱く個人投資家が急増しているとの声が上がっている。押し目買いを狙ったコドカソーンさんだが、手が届くサイズの金地金はすでに売り切れていた。

一方、京都では別のゴールドラッシュが起きている。26日に開幕するロンドン貴金属市場協会(LBMA)の年次会議に出席するため、世界からプロの金トレーダーや仲介業者、精錬業者ら約1000人が一堂に会している。最近の急騰に慎重姿勢を見せていた専門家らも、金市場への関心は高く、会議の参加者数は過去最多となっている。

前出のシールズ氏は「強気相場には過熱をそぎ落とし、持続性を保つための健全な調整が必要だ」と指摘。「価格は値固めを経て、より穏やかな上昇基調に戻るだろう」と述べた。

金価格は20日の取引終盤に1オンス=4381ドル強で最高値を更新。その後の展開で特筆すべき点は、21日の急落がほぼ貴金属市場にとどまり、株式、国債、原油といった他の主要市場はほとんど動かなかったことだ。

明確な売り材料は見当たらなかったが、市場関係者からはヘッジファンドによる利益確定の動きや中国の銀行による売りが出たとの指摘が出ている。

ニューヨーク商品取引所(Comex)の先物市場では、強気のコールオプションに対する弱気のプットオプションの比率が2008年の世界金融危機以来の高水準に達した。コモディティー(商品)専門のあるヘッジファンド運用者は、長期的には金強気派でありながら、調整局面を早く見込みすぎたために上昇局面の利益を十分に得られなかったと不満を漏らした。

とはいえ、貴金属アナリストの中から金の弱気派を見つけるのは難しい。アナリストは過去2年間を通じて総じて強気な予想を示していたが、金はそれを上回る急騰を演じている。年初にLBMAが実施したアナリスト調査では、ほぼ全員が金価格の上昇を予想していたものの、2025年に3300ドルを超えると見込んだ回答者は一人もいなかった。

JPモルガン・チェースのグレゴリー・シアラー氏は「投資家によるリスク軽減や利益確定の動きは、中央銀行や実需筋など他の需要セグメントによる押し目買いで吸収され、結果として下落は比較的浅いものにとどまるだろう」とリポートで述べた。

もっとも、過去の値動きは慎重な教訓を提供する。金価格が2011年9月に1921ドルの高値を付けた後に下落した際、同月に開かれた年次LBMA会議に集まったトレーダーやアナリストは総じて強気一色だった。だがその後、金が再びこの水準を回復するまでに9年を要した。

今回の金高騰を支えているのは、各国・地域の中銀による買いであり、これは2022年にウクライナ侵攻を巡りロシア中銀への制裁が発動されたことで劇的に加速した。世界的な政府債務の持続可能性を巡る懸念の高まりも重なっている。

JPモルガンのシアラー氏は、自身の強気予想に対する最大のリスクとして、中銀の買いが弱まることを挙げている。同氏は金価格が来年の第4四半期(10-12月)までに平均で5000ドル超に達すると予想している。

ただ、直近の値上がりを加速させたのは個人投資家による買いであり、これはトランプ米大統領がクックFRB理事の解任を試みた後のタイミングで勢いを増した。その結果、金販売店では在庫が枯渇し、金関連の上場投資信託(ETF)にはかつてない規模の資金が流入している。

インド・ムンバイの金宝飾店(2025年10月17日)

世界の地金商拠点に目を向けると、足元の価格下落にもかかわらず熱気が冷める気配はほとんどない。2カ月にわたる活発な取引の後で関心がやや落ち着いたとする業者もいたが、過去最高の販売を記録したところもあった。

シンガポールの貴金属ディーラー、ブリオンスターのピート・ウォールデン副最高経営責任者(CEO)は、21日が「これまでで最も忙しい1日だった」と述べた。「開店前から行列ができ、売り手よりも買い手の方が圧倒的に多かった」とし、「多くの人が押し目買いの好機とみているようだ」と語った。

米国でも、マネー・メタルズ・エクスチェンジのステファン・グリーソン氏が「安値拾い」を狙う買い手からの注文が殺到し、対応しきれないほどだったと述べた。

一方、東京・銀座では、20代のベトナム人留学生ハン・ビエットさん(来日約10年)が田中貴金属グループの店舗を訪れ、小さな金地金を購入しようとしていた。

「長期的に金価格は上がり続ける」と予想するハンさんは、「今回の押し目はチャンスだと感じた」と語った。

原題:A Gold Crash Everyone Saw Coming Lures Bargain Hunters Worldwide(抜粋)

--取材協力:Suttinee Yuvejwattana、Yusuke Maekawa、Srinidhi Ragavendran、Yvonne Yue Li.

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