(ブルームバーグ):10年にわたりブランド戦略の迷走が続いた女性下着ブランドの「Victoria’s Secret(ヴィクトリアズ・シークレット)」。その混乱は少なくとも4人の最高経営責任者(CEO)を苦しめてきた。現CEOのヒラリー・スーパー氏は、解決策は明快だと語る。ブラジャー販売の原点に立ち返ることだ。
同社は現在、ブランドイメージの刷新に取り組んでいる。全盛期の店舗を訪れた人なら、艶やかなサテン素材のプッシュアップブラや「即座に2カップのサイズアップ!」という挑発的なキャッチコピーを目にしていただろう。 今では、店頭の中心に並ぶのは「まるで何も着けていないような」着け心地をうたうFlexFactor(フレックスファクター)シリーズや、「空気のように軽く、それでいてしっかり支える」を売り文句とするFeatherweight(フェザーウェイト)シリーズだ。
変化しているのは、商品スタイルだけではない。ブランド全体の雰囲気そのものが大きく様変わりした。かつて象徴的だった薄暗い寝室風の照明は姿を消し、黒一色だった天井と壁は、今では淡いピンク色に塗り替えられている。
スーパー氏は「ブラジャーこそが当社ビジネスの原点」であり、「ブラジャーの方向性が、そのまま会社の進む方向を決める」とインタビューで語った。

同氏は、ブランドの文化的な存在感を取り戻すと同時に、より差し迫った課題である投資家の信頼回復に取り組んでいる。ヴィクトリアズ・シークレットの時価総額は過去4年間で半減し、現在は約20億ドル強にとどまっている。株価は今年に入って約30%下落した。
投資家の批判の矛先は、取締役会とスーパー氏に向けられてきた。スーパー氏は昨年、歌手リアーナのランジェリーブランドから年俸120万ドルと契約ボーナス100万ドルの条件で迎え入れられた。あるアクティビスト投資家は書簡の中で、同氏の「戦略的焦点の欠如は深刻だ」と厳しく批判した。
調査会社グローバルデータのマネジングディレクター、ニール・サンダース氏は「時にヴィクトリアズ・シークレットは、出口の見えないトンネルに閉じ込められているように見えた」と語った。
現在、スーパー氏はこうした批判への対応に取り組んでいる。
ファッションショー
同氏のチームが打ち出す戦略は、15日に開催される「ヴィクトリアズ・シークレット・ファッションショー」で試されることになる。かつて世界的な現象となったこのイベントは、今では多くの人から「時代遅れ」と受け止められ、同社のブランド危機を象徴している。
事情に詳しい関係者によると、取締役会は一時、ファッションショーを恒久的に中止する案も検討していたという。しかし、休止期間を経て再開したこのライブイベントは、今年も2年連続で開催される見通しだ。開催費用は3500万-4000万ドルとされるが、同社の広報担当者は「金額は公表していない」としている。
スーパー氏は、ファッションショーでも主力製品であるブラジャーを「主役として前面に打ち出す」と語った。「今年のショーは、新しいセクシーの時代の幕開けになると考えている。セクシーとは、もはや一つの型にはまったものではなく、より多様で繊細な概念だ」という。
とはいえ、今年のショーのマーケティング戦略は、従来路線から大きく逸脱してはいない。黒のランジェリーをまとったモデルが、羽根飾りのついたエンジェルウィングを背に登場するという往年の演出が続く。プロモーションでは「より華やかに、より大胆に、そしてかつてないほどセクシーに」とうたわれている。オリジナルの「エンジェル」メンバーの一人であるファッションモデルのアドリアナ・リマも、通算20回目の出演を果たす予定だ。
全盛期には、この華やかなショーが1200万人の視聴者を集め、奔放で官能的な演出が注目を集めた。
同社が売っていたのは、単なるブラジャーや下着ではなく、「ファンタジー」そのものだった。当時としては斬新な発想で、消費者の心をつかんだ。
最盛期には米国のブラ・下着市場で約3分の1のシェアを占めた。2019会計年度の売上高は81億ドルに達したが、直近の会計年度は60億ドル強にとどまっている。

ヴィクトリアズ・シークレットは、リアーナの「Savage X Fenty(サベージXフェンティ)」やキム・カーダシアンの「SKIMS(スキムズ)」といった新興ブランドの台頭に押されている。しかし、それは買い物客がセクシーでありたいという気持ちを失ったからではない。
リアーナは、自身の製品を身に着ける女性たちに「私は最高にカッコいい」と感じてほしいと語っている。キム・カーダシアンも、控えめな人物として知られているわけではない。だが、両ブランドはいずれも女性に自信を与える新しい価値観を打ち出し、体型にかかわらず「セクシー」でいられるという理念を掲げている。これは、かつてヴィクトリアズ・シークレットの痩身スーパーモデル「エンジェル」が象徴していたファンタジーとは対照的だ。
競合各社が女性の自立や多様な体型を肯定する考え方などを打ち出すなか、ヴィクトリアズ・シークレットは社内のいじめやハラスメント疑惑に揺れた。当時の親会社LブランズでCEOを務めていたレス・ウェクスナー氏と、性犯罪で有罪判決を受けたジェフリー・エプスタイン氏との関係も、ブランドの評判を大きく損なう要因となった。
2019年、ヴィクトリアズ・シークレットは看板イベントだったファッションショーの中止を決めた。ブランドの勢いは大きく失われ、長年中核を担ってきたブラジャー部門は主力カテゴリーではなくなった。2022年にはビューティー製品が売上高全体の25%を占め、新たな主力事業に躍り出た。

スーパー氏のCEO起用は、ヴィクトリアズ・シークレットが「セクシーの象徴」としての座を取り戻す意欲を示すものだ。同氏はこれまでにGap(ギャップ)やAnthropologie(アンソロポロジー)など複数の小売企業で約20年にわたりキャリアを積んできた。直近では、リアーナの下着ブランドSavage X Fentyのトップを1年間務めており、この経験が特に注目された。スーパー氏のCEO就任が発表されると、ヴィクトリアズ・シークレット株は15%超上昇した。
スーパー氏は、ブランドが本来の「セクシー」というDNAから離れたことが、ヴィクトリアズ・シークレットの魅力を損なったとの認識を示している。ただ、現時点では従来路線への回帰をうかがわせる動きは見られない。その代わりに同社は、セクシーかどうかを強調するよりも、より多様なタイプのブラジャーを展開する方向にかじを切っている。
同氏はブルームバーグの取材に対し、「かつては『セクシー』の定義が一つしかなかった」としたうえで、「いまではその意味は女性一人ひとりによって異なる。重要なのは自分をどう感じるかだ。自信こそがセクシーだ」と語った。
原題:Victoria’s Secret Is Desperate to Learn How to Sell Bras Again(抜粋)
--取材協力:Uma Bhat、Micah Barkley、Charles Gorrivan.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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