高齢ドライバーによる自動車事故を減らすために、運転免許が不要になったり、加齢に伴う身体機能低下等によって運転に不安を感じるようになった高齢ドライバーには、免許の自主返納(正式には「申請による免許取消」という)が推奨されている。

運転免許証は、身分証明書として用いることが定着してきたことから、2002年以降は、自主返納者には本人確認書類として利用可能な「運転経歴証明書」を発行するようになり、返納が増えてきた。

65歳以上の自主返納数は、2019年に大幅増加してから2023年まで毎年、前年と比べて減少していたが、2024年は42万7,914人と、前年より4万4,957人増加した。返納者数が前の年を上回るのは5年ぶりのことだ。

今回は、2024年の免許返納の動向を紹介する。

返納数は増加したが、75歳以上ドライバーの免許返納率は引き続き低下

年齢群別の免許返納数および返納率の推移をみると、返納数は徐々に増加してきたが、2019年に大幅に増加した。

その後は2023年まで、65歳以上、75歳以上いずれの年齢層でも減少し続けていたが、2024年は5年ぶりに増加した。

返納率で見ると、2019年に大きく上昇した後は、2023年まで低下が続いていたが、2024年は、65歳以上の返納率は前年を上回り、75歳以上の返納率は引き続き低下していた。

2024年の返納数が前年を上回ったとはいえ、2022年と同水準にとどまっていることや、75歳以上の返納率は引き続き低下していることから、現時点では、今回の増加は一時的な動きにとどまる可能性がある。

高齢ドライバーの運転環境

1|高齢者の免許保有者数は増加

現在の高齢者は、それ以前と比べて、運転免許を持つ人が多い世代である。高齢者における人口あたりの免許保有率は上昇しており、2024年時点で全国の65歳以上の半数以上、75歳以上の4割近くが免許を保有している。

65歳以上の都道府県別免許保有率と返納率には強い逆相関(相関係数 -0.74)がみられ、保有率が高い都道府県ほど65歳以上の返納率が低く、生活環境によって車移動の必要性が異なることがうかがえる。

2024年時点で、75歳以上の保有率は低いところで2割未満にとどまるのに対し、高いところでは5割を超える。

2|運転技術への自己評価と返納を考えるきっかけ

MS&ADインターリスク総研(株)が2024年に、日常的に自動車を運転している人を対象に行った調査によると、高齢ほど自分の運転に自信をもっている割合や「ヒヤリ・ハット」を経験したことがない割合が高かった。

そのためか、70代でも9割弱、80歳以上でも7割以上が免許返納を考えたことがないと回答していた。

一方、返納を考えたことがある70歳以上の多くが、返納を検討したきっかけとして「高齢者による重大事故のニュースを耳にした」をあげており、「運転技術の低下を実感した」や「他人の勧めがあった」「ヒヤリ・ハットを経験した」や「事故をおこした」を上回っていた。

65歳ころから、相対的に生活に必要でなくなったり、他の代替手段がある人や、運転への自信がなくなってきた人が返納をしはじめると考えられる。

ただし、高齢期の免許返納は選択肢の1つになってきているが、日常的に運転をしている高齢者は運転に自信をもち、加齢や運転技術の低下、家族や医者等の勧めをきっかけに免許を返納することを考える機会は少ないようだ。

3|高齢ドライバーの安全運転を支援する仕組み

高齢ドライバーの増加にともない、高齢ドライバーの免許制度の見直しが行われている。

記憶力・判断力の状況を確認し、安全運転の支援を行うことを目的とする「認知機能検査」が2009年から、運転技能を客観的に評価し、その結果を踏まえた安全指導を行うことを目的とする「運転技能検査」が2022年から始まり、対象となる高齢者は、免許更新時に合格する必要がある。

さらに、高齢ドライバーの運転支援だけが目的ではないが、2021年以降、新車に対して安全装置の搭載が順次義務化されている。

2022年には、自動ブレーキや踏み間違い時の加速抑制装置が搭載された安全運転サポート車(サポカー)に限定して運転できる「サポカー限定免許」も設けられた。サポカー限定免許は、切り替えのメリットが感じにくいと思われ、取得者数は伸び悩んでいる9。

Google Trendsでウェブ検索の動向をみても、「免許返納」「高齢者講習」「認知機能検査」といった語の関心がゆっくりと上昇しているのに対し、「サポカー限定」は、導入当初に検索されただけにとどまっているようだ。

免許は切り替えなくても、衝突被害軽減ブレーキ等の技術を搭載したASV(先進安全自動車(Advanced Safety Vehicle))への乗り換えも有効と考えられる。

国土交通省が2024年に免許保有者10,000人に対して行った「令和5年度ASV機能に関する調査」によると、70代で自家用車に衝突被害低減ブレーキが搭載されている割合は4割程度、ペダル踏み間違い時加速抑制装置は2割程度にとどまる。

ASVに乗り換えない理由としては、「もうすぐ運転をやめるから」や「車を買い替えようと思っていないから」が他年代と比べて高いといった特徴があった。

ASVは、安全に運転を継続するためには有効な選択の1つとも思えるが、自家用車の買い替えは頻度が高いものではないこともあり、ASV搭載車への乗り換えは進んでいない。

高齢ドライバーが社会問題として注目され始めたのは、高齢ドライバーによる事故が増えはじめ、2016年に、高齢運転者による交通事故防止対策に関する関係閣僚会議が開催された頃からだろう。

それに伴い、「高齢者講習」「認知機能検査」「免許返納」等への関心は高まっているようだったが、「サポカー限定免許」への関心は高まっていないと思われ、運転を継続するか免許を返納するかの二者択一になっているようだ。

おわりに

現在、年齢別の免許保有率や事故率は公表されているが、日常的にどれくらいの人がどの時間帯・距離で走っているかといった運転実態は明らかではなく、年齢による運転のリスクを評価するための情報は限定的である。

認知機能検査や運転技能検査の導入によって、高齢者が認知機能や運転技術を知る機会は増え、高齢ドライバーによる事故の報道が増え、高齢期の運転継続に対する関心は高まっていると考えられる。

しかし、今回紹介したとおり、運転に自信をもつ人が運転を継続している傾向がある。高齢ドライバーの免許返納は、社会的な選択肢として浸透しつつあるが、返納を実際に検討する機会や判断材料は多くはない。

サポカーやASVなどの安全装置付きの車も増えつつあるが、安全装置を搭載することによって、どの程度事故が防げたのかは把握しづらく、乗り換えるほどの決断を後押しはしていないようだ。

多くの高齢者にとって選択肢が「乗り続けるか、返納するか」の二者択一になりがちのようだ。

事故は、年齢によらず起こす可能性があるものの、加齢に伴う身体・認知機能の低下は避けられない。

現在、免許返納者への移動手段を多くの自治体で整備しようとしているが、返納後の移動手段は地域差が大きく、公共交通や移動支援サービスが十分に整っていない地域も多い。

すべての高齢者が公共交通や移動支援サービスを十分に利用できるわけではなく、75歳以上の全員を支えられるだけの受容力を備えた地域は多くない。

こうした状況から、高齢者の運転問題は「免許返納を促す」だけではなく、安全に運転を続けるための選択肢を整えることが不可欠となるだろう。

また、各家庭での議論も今後の課題である。高齢者による事故が社会問題として認識され始めたのは比較的最近であり、現在の高齢者は返納の必要性を十分に意識しないまま運転を続けてきた可能性がある。

親の返納に悩む中高年層が増える一方で、自分自身が将来どの状態になったら返納するか、安全装置をどう選択するか、返納後の生活をどう支えるかといった計画を考え始める必要があるだろう。

※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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