(ブルームバーグ):英国のスターマー首相が昨年、当時大統領選挙の最中だったトランプ氏と初めて会話した際、トランプ氏の英国に対する親近感は明らかだった。
選挙集会でトランプ氏が銃撃を受けた数日後のことだ。スターマー氏が支援申し出の電話をかけると、トランプ氏は「私は英国が大好きだ。王室も、国王も大好きだ」と語った。
トランプ氏が大統領に復帰してから数カ月、同盟国と争いを起こしがちで、外交的・経済的緊張を招くことが多い、予測不可能な同氏の好意を勝ち取るため、英国政府はこの親近感を利用してきた。
2月の米ホワイトハウス訪問の際、スターマー氏は国王チャールズ3世が署名した手紙を差し出した。トランプ氏の1期目任期中のエリザベス女王(当時)による招待に続き、「非常に特別で、前例のない」2度目の国賓としての英国公式訪問を要請する内容だった。トランプ氏は「非常に、非常に光栄なことだ」と大いに喜んだ。
王室伝記作家ヒューゴ・ヴィッカース氏は、スターマー氏が「トランプ氏のアキレス腱を突いた」と語る。同氏は「2度目の公式訪問がある理由は、スターマー氏が政治的な理由でそれを望んでいるからだ。このため首相は、国王を外交官として利用している」と指摘した。
訪問は今週に前倒しとなった。スターマー氏は先週、性犯罪で起訴され勾留中に死亡したジェフリー・エプスタイン元被告との親しい関係が判明したピーター・マンデルソン駐米英国大使の解任を余儀なくされるなど、政治的な混乱の渦中にある。トランプ氏訪問のタイミングが偶然かどうかは、まもなく明らかになる。
ウィンザー城で
トランプ氏は7月のスコットランド以来、2カ月ぶりの訪英となる。
英国が、君主国特有の外交手段を図々しくも活用しているとみる向きもあるかもしれないが、スターマー政権としては成果を上げている。英国は、他の同盟国が直面している厳しい関税を免れ、米国との貿易協定を最初に締結した。
同様の対応を取る北大西洋条約機構(NATO)のルッテ事務総長やフィンランドのストゥブ大統領と共に、時にロシアのプーチン大統領の見解に傾きがちなトランプ氏のウクライナへの姿勢を和らげるうえで、スターマー氏も恐らく一役買っている。
今回のトランプ氏訪問に関係する行事は、2019年の公式訪問の際に使われたバッキンガム宮殿ではなく、ロンドン西方のウィンザー城で主に行われる。表向きは改修工事のためだが、トランプ氏や米国第一主義的な政策に対する大規模な抗議行動に直面する事態を避けられるという利点がある。

ウィンザー城では、トランプ大統領とメラニア夫人が国王夫妻と庭園で対面した後、ウィリアム皇太子夫妻と共に馬車行列で敷地内を巡る。その後、王室の他のメンバーと共に、国賓用ダイニングルームで非公開の昼食をとり、聖ジョージ礼拝堂で故エリザベス女王の墓に献花する予定だ。
夕方には、著名人や実業家など約150人の賓客が参加する盛大な晩さん会が開かれ、チャールズ国王とトランプ氏がスピーチを行う。さらには、ロンドン郊外の首相別邸「チェッカーズ」でのスターマー氏と会談する。この際、両者はチャーチル元首相の公文書を閲覧する予定だ。
ビジネスレセプションも開催される。対話型人工知能(AI)ChatGPTを展開する米OpenAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)や、AI半導体大手エヌビディアのジェンスン・フアンCEOが、英国のデータセンター投資に数十億ドル規模の支援を約束する計画を携えて臨む見込みだ。
米高官によると、トランプ氏は訪問中に総額100億ドル(約1兆4700億円)超の経済取引を発表する見通しだ。GSK、マイクロソフト、ロールスロイスの最高経営責任者らが、人工知能などの分野をカバーする米英技術パートナーシップの調印に立ち会う。また、両国で企業が原子炉を迅速に建設できるようにする原子力協定も締結される。
ただ、国賓は慣習的に行うことが多い英議会での演説を、トランプ氏は行わない。議会が休会中であることが理由とされるが、議会の外で起こり得る大規模な抗議集会や、イスラエル問題や言論の自由、通商政策など英国内で議論の分かれる問題にトランプ氏が触れ、議員の反発を招く展開を防ぐことにもなる。
気まずさも
訪問の最後にはスターマー氏とトランプ氏が共同記者会見を行うが、外交上の気まずい場面が生じるリスクも残されている。
イスラエルがガザでの停戦に合意しない場合、パレスチナを国家として承認するというスターマー氏の公約について、トランプ氏がスターマー氏に詰め寄る可能性を英国当局者は懸念している。9月下旬の米ニューヨークでの国連総会を前に、スターマー政権は週内には最終決定を下す予定だが、政治的な衝突を避けるため、トランプ氏の帰国までは発表を控える考えだ。
公式訪問の計画に欠かせない存在だったマンデルソン大使を、スターマー氏が解任したことの余波もある。トランプ氏もエプスタイン氏との関係が怪しまれている中、スターマー氏の決定は、エプスタイン氏と関係のある人物は要職に就くべきではないという考えの表れではないかと、一部当局者は危惧している。

王室も、トランプ氏との意見やアプローチの違いと無縁ではない。チャールズ国王は、気候変動対策の積極的な支持者だ。トランプ氏が今年、カナダを米国の51番目の州にすると明言していた時期に、チャールズ国王はカナダを訪問し、カーニー政権発足後の新議会を開会した。
それでも国王は、国賓を迎える華やかで厳かな儀式で、トランプ氏をもてなしたり魅了したりすることに重点を置き、気まずい状況は避けようとするだろう。
トランプ氏の初の公式訪問の際、エリザベス女王は米英の文化、経済、安全保障上の結びつきが両国を団結させていると語った。国賓晩さん会のスピーチでは「将来を見据えて、私たちの共通の価値観と利益が、引き続き両国を結びつけると確信している」とトランプ氏に呼びかけた。
ヴィッカース氏は「少しの常識を控えめに語り、物事をあおるのではなく円滑に進めようとする人物。それが、政治家や大統領とは異なる、立憲君主が果たす役割だ」と語った。
原題:Trump’s Love for UK Royalty Offers Starmer Hope of Brief Respite(抜粋)
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