任天堂は今年初め、高まるプレッシャーに直面していた。初代の「スイッチ」発売からすでに8年が経過し、営業利益は前の期との比較で4割超の減少となっていた。

6月にようやく登場したスイッチ2は当初、前モデルからの小幅な改良に過ぎないと酷評され、同社が依然としてヒット製品を生み出す力を持っているのかが疑問視されていた。

だが実際にふたを開けてみれば、任天堂は約450ドル(国内価格は4万9980円)のスイッチ2を発売から7週間で600万台を販売。世界中で品切れが続出し、同社株は上場来高値(株式分割考慮ベース)を更新した。発売から3カ月たっても勢いは衰えず、クリスマス商戦も席巻しそうだ。

スイッチ2は、従来モデルの大幅な刷新ではなく改良版に過ぎない。それでも市場の予想を覆し、販売は好調なスタートを切った。リアルな映像と最新のグラフィック技術を追求する競合他社とのレースに背を向け、楽しいゲームを作ることに徹するという型破りとも言える手法にこだわったからだ。

 

ゲーム関連のデータ企業を創業したヨスト・ファン・ドルーネン氏は任天堂について、常に最も楽しいものを作ることに重点を置いてきたと分析。また、決してやらなかったのは、「自らをテクノロジー企業と勘違いすることだ」とも指摘する。

任天堂の「楽しさ」へのいちずなこだわりが、ドンキーコングやスーパーマリオといったキャラクターをポップカルチャーの象徴へ変貌させ、創業136年の同社を時価総額1000億ドル超の世界的なゲーム帝国に成長させた。この成功は、最新の技術を盛り込んだ次世代機を定期的に投入してソフト販売を促進するという従来のゲーム企業経営の常識にも一石を投じている。

匿名を条件に語った複数の関係者によると、任天堂はスイッチ2の発売を繰り返し延期した。スイッチ2と共に発売するゲームの完成度を高めるため、開発陣がさらなる時間を求めたためだという。米国任天堂の社長を務め、2019年に退任したレジー・フィサメ氏は「ゲームプレイに徹底的にこだわり、自らが納得するまでリリースしない姿勢こそが任天堂の差別化要素だ」と述べた。

任天堂はこの記事の内容についてコメントを控えた。

賭け

任天堂の哲学は、創業者のひ孫にあたる山内溥氏の理念に根ざしている。1949年に社長に就任し、食品・文具・タクシー業など多岐にわたる事業に挑戦した。半世紀以上にわたって経営手腕を発揮し、トランプメーカーを世界的なゲーム企業に押し上げた。

1970年代後半、負債を抱えて業績不振にあえぐなか山内氏は、当時若手社員だった横井軍平氏に携帯型ゲーム機の開発を許可した。そこで誕生した電卓サイズの「ゲーム&ウオッチ」が成功を収め、家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」や「ゲームボーイ」の開発につながった。

 

山内氏は、ゼルダの伝説やピクミンなどの名作を生み出し「ゲームの神様」とあがめられる宮本茂代表取締役フェローをはじめ、クリエイターたちにも大胆な賭けを続けるよう促した。2002年に山内氏から経営を引き継いだ岩田聡元社長も、06年発売のWiiを含め同社で最も商業的に成功したゲーム機のいくつかを世に送り出した。

もちろん、賭けが裏目に出ることもある。1995年に発売し、現在の仮想現実(VR)ゲームのような遊び方ができる「バーチャルボーイ」はその一例だ。成功と失敗を経験した山内氏は、成功を喜ぶことには慎重になり、社員にも成果を誇り自己満足に陥らないよう繰り返し語りかけていた。大きな成功の後には、大きな落とし穴が潜んでいることもあるためだ。

キャッシュキング

山内氏の方針もあり、現在の任天堂は日本で最もキャッシュリッチな企業の一つで、25年6月末時点で1兆5000億円を超える。豊富に現金を備える姿勢は、ゲームキューブやWii Uといった不振ゲーム機の時代でも苦境を乗り切る支えとなった。

ゲーム雑誌「ファミ通」の元編集長で、現在はZEN大学コンテンツ産業史アーカイブ研究センターの副所長を務める浜村弘一氏は、任天堂には豊富な資金があるからこそ、会社の健全性を損なう心配をせずに大胆な挑戦ができるとみている。

だが、日本政府は企業に対し投資による資本効率の改善を促しており、アクティビストファンドや海外投資家は、自社株買いや配当による株主還元強化を求めている。任天堂株を保有するアバディーン・ジャパンの荒川久志取締役兼運用部長は、同社の資本配分には改善の余地があると指摘する。

もっとも、個人投資家の目線は別の「果実」に向いている。6月下旬に京都市内で開催された任天堂の定時株主総会では、ブルームバーグが取材した十数人の個人投資家の大半が現経営陣を支持した。奈良県在住の岡田勲さん(84)は、株価が5000円程度だった時に同社株を購入しており、「配当増より株価上昇を望む」と話した。取材時点の株価は1万3600円台で推移していた。

独創性に注力 

ゲームは生活必需品ではないからこそ、驚きを提供する必要がある。その本質は独創性にあると見るのは、任天堂でWii開発チームの一員だった玉樹真一郎氏だ。業界内では、競争に無関心でゲームソフトメーカーの開発者と距離を置く任天堂を孤高の存在と見なす向きが多い。しかし同社に詳しい関係者によると、単に独自性を保とうとしているだけだという。

ただ任天堂の独自戦略がいつまで通用するかは不透明だ。山内氏が社員に繰り返し警告したように、エンターテインメント業界は移ろいやすく、成功は時の運にも左右される。

事業拡大策でも、任天堂は他社と一線を画する。同社は映画やテーマパークへの進出を拡大し、幅広いファンからの収益化を図っている。一方、競合他社は新しいキャラクターや作品への投資を進め、ゲーム愛好家の時間とお金の使い方を根本的に変えるサブスクリプション型の有料サービスへ誘導している。

玉樹氏は、岩田氏が自身や若手開発者たちに異なるアプローチとリスクを取る重要性を強調していたことを今でも覚えているという。通常は、中間管理職や経営陣がエネルギーとアイデアに満ちた若手の発想を抑える傾向がある。任天堂では経営陣に他社と同じことをすべきかを問うと、われわれはわれわれのことをやる、という雰囲気だったという。

--取材協力:古川有希.

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