(ブルームバーグ):クック米連邦準備制度理事会(FRB)理事の弁護士は26日、トランプ米大統領にクック理事を解任する権限はないと主張。「書簡1通だけを根拠にクック氏を解任しようとする試みは、事実的にも法的にも根拠がない。違法な行為として訴訟を提起する」と表明した。
クック氏の弁護士アビー・ローウェル氏は先に、トランプ氏の「違法行為」を「阻止するために必要なあらゆる手段」を講じるとしていた。
クック氏はローウェル氏を通じて公表した声明で、「トランプ大統領は『正当な理由』があるとして私を解任しようとしているが、法的な理由は存在せず、トランプ氏にはその権限もない」と指摘。「私は辞任しない。2022年から続けてきたように、米国経済を支える職務を引き続き果たしていくつもりだ」と述べた。

トランプ氏は25日、クック理事が住宅ローン申請書類を巡り不正を働いたとする大統領側近の指摘を受け、クック理事を即時解任する意向を表明。「解任のための正当な理由が十分あると判断した」としていた。
トランプ氏が自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」に投稿したもので、米金融当局に対する政権の影響力強化を狙った取り組みを劇的にエスカレートさせた形だ。一方、クック理事は「辞任するつもりはない」とし、自分を解任する権限はトランプ氏にはないとする声明を弁護士を通じて発表した。
トランプ氏は投稿に添付したクック氏宛ての書簡で、「米国民は政策決定と連邦準備制度の監督を委ねられたメンバーの誠実さを全面的に信頼できなければならない」と指摘。「あなたの金融に関わる不正直で、場合によっては犯罪的ともいえる行為を考慮すると、国民はもちろん、私自身もあなたの誠実さを信頼することはできない」とコメントした。
クック氏はバイデン前大統領の指名を受け、上院での承認後にFRB理事に就任。クック氏を巡る動きは、民主党関係者に対する法的監視を強化するとともに、連邦準備制度に圧力をかけようとするトランプ政権の一連の動きの最新事例と言える。
FRBでは、バイデン氏が起用したクーグラー理事が来年1月の任期満了を待たずに退任。トランプ氏はクック氏を解任すれば、政権1期目に自身が指名したウォラー理事とボウマン副議長(銀行監督担当)と合わせ、FRB(7人の理事で構成)で息のかかった計4人の多数派を確保することができるようになる。
ブルッキングズ研究所の上級研究員、アーロン・クライン氏は「これは連邦準備制度の独立性に対する致命的な一撃だ」とし、「トランプ氏は手段を問わず、自分の望むことを金融当局にやらせるつもりだと言っている」と解説した。
大統領は「正当な理由」がある場合に限り、FRB理事を解任することができる。法律では通常、その具体的な定義として、職務怠慢、職務放棄、職務上の不正行為の三つのケースに言及している。大統領によるFRB理事解任はこれまで皆無だ。
トランプ氏は、同一年に取得した2件の住宅ローンの申請書で、それぞれの物件を主たる居住地として維持することが求められていたにもかかわらず、クック氏がその要件を認識していなかったとは「到底考えられない」と指摘した。
その上で、「少なくとも、現在問題となっている行為は、金融取引における重大な過失を示しており、金融規制当局者としてのあなたの経験と信頼性に疑問を投げかけるものだ」と説明した。
クック氏の任期は2038年まで。FRBはコメントを控えた。
クック氏がこの解任に対して法的に異議を申し立てた場合、クック氏は訴訟が進行する間、自身の職務への復帰を求める仮処分を即座に申請する可能性がある。現時点で刑事告発は行われていない。トランプ氏の今回の判断は、FRBにとって前例のない法廷闘争に発展する可能性をはらんでいる。
ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)の法務担当シニアアナリスト、エリオット・スタイン氏は、クック氏が法的手段に訴える公算が大きく、同氏が勝訴する可能性があると分析。「不正行為の単なる疑惑だけでは、正当な理由に基づく解任基準を満たすには不十分で、少なくとも捜査、場合によっては有罪判決が必要とされる可能性が高い」としている。
スタイン氏はさらに、「トランプ氏が連邦公開市場委員会(FOMC)を支配する道のりは容易ではない。連邦準備法では理事の解任に正当な理由が必要とされ、その基準が満たされているかどうかの判断には、長期にわたる訴訟と不確実な結果が伴う可能性がある」と論評した。
トランプ氏はクック理事について、辞任しなければ解任する意向を示していた。
クック氏を巡っては、トランプ氏に近いパルト連邦住宅金融局(FHFA)局長が住宅ローン契約を巡り不正があったと主張。司法省は捜査に乗り出す計画を示唆していた。また、トランプ氏は20日、クック氏に辞任を要求。これに対しクック氏はこれまで、辞任を強要されるつもりはないと述べていた。
政府の政治的干渉からの連邦準備制度の独立という認識は、米市場の根幹をなす前提の一つであり、この認識が揺らげば米国の信用格付けに悪影響を及ぼす恐れもある。
トランプ氏とホワイトハウスは高金利が政府の財政負担を増大させ、住宅市場に打撃を与えていると主張し、連邦準備制度を執拗(しつよう)に攻撃。これに対し米金融当局者は、関税やその他の政策がインフレを助長するとの懸念から、今年に入ってこれまでのところ政策金利を据え置いている。
ただ、パウエルFRB議長は22日の講演で、労働市場に対するリスクの高まりを背景に、9月の次回FOMC会合で利下げに踏み切る可能性があることを示唆していた。
クック氏は2022年、黒人女性として初めてFRB理事に就任。任期は本来、38年までとなっている。
上院銀行委員会の民主党筆頭理事を務めるウォーレン議員は、「クック氏を解任しようとするこの違法な試みは、自身の失政によって米国民の生活費を下げられなかった責任を他人に転嫁しようと、切羽詰まった大統領の最新のスケープゴート探しだ」と批判。「これは連邦準備法を公然と踏みにじる独裁的な権力奪取で、司法の場で覆されなければならない」とする声明を電子メールで送付した。
原題:Trump Moves to Fire Fed’s Cook, Setting Up Historic Fight (2)、Yen Gains as Dollar Drops on Trump’s Removal of Fed’s Cook、Gold Gets a Boost as Trump Removes Cook(抜粋)
(クック理事の弁護士による提訴の意向を追加して更新します)
--取材協力:Meghashyam Mali、Justin Sink、Matthew Boesler、Amara Omeokwe、Laura Curtis.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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