はじめに~地方で暮らす魅力、生活コストの安さと自然環境
「地方は生活コストが安い」と言われることが多い。家賃や食材価格の低さに加え、土地に余裕があり、自然環境にも恵まれていることから、地方での暮らしに魅力を感じる人も多いだろう。
一方で、車の維持費や光熱費がかさんだり、医療や教育、商業など様々な面で生活インフラの整備状況にも違いがあり、暮らしの前提条件は都市部と大きく異なる。したがって、単純に「安いから良い」「自然が豊かで良い」とは言い切れない面もある。
本稿では、総務省「家計調査」を中心に、都市と地方における二人以上勤労者世帯1の支出構造の違いを分析する。その際、単なる地域差としてだけではなく、そこに暮らす人々の属性(年齢構成、就業形態、世帯類型など)との関係性にも注目し、地方の消費構造を捉えていく。
地方と都市の物価の違い~東京は住宅コストが突出して高い、日常生活費は全国平均+5%ほど
消費構造の分析に入る前提として、まず物価の違いを確認したい。
総務省「小売物価統計調査」の消費者物価地域差指数(全国の物価水準を100とした各地域の指数)を見ると、2024年の総合指数で最も高いのは北海道地方で101.9、僅差で関東地方で101.6、うち東京都は104.0、東京都区部は104.9と全国平均を5%ほど上回っている。
一方、最も低いのは九州地方で98.0であり、東京都区部と九州では約7%の物価差があることになる。
本来、地方と都市の生活を比較する上では、地域性というよりも都市規模による物価差を把握することが望ましい。
しかし、当調査では都市階級別のデータが公表されていないため、本稿では便宜的に地域別の違いを確認する。なお、後述の消費支出の分析では都市階級別のデータを用いる。

消費者物価地域差指数を費目別に見ても、東京都は全体的に物価水準が高く、特に「住居」は全国平均を大きく上回る(127.2、関東地方は112.6)。東京都では、最も低い北陸地方(86.6)と比較すると5割ほど高いことになる。
ただし、この「住居」は家賃・地代や設備修繕・維持費などの価格水準を示すものであり、不動産価格は含まれない。
そこで、国土交通省「令和7年地価公示」において地域別の住宅地の平均価格を確認すると、地方差はさらに顕著であり、東京都(51万5,300円/m2)は全国(13万7,100円/m2)に対して約4倍、相対的に低い北陸地方(4万5,900円/m2)に対して10倍以上の差がある。
消費者物価地域差指数に視点を戻すと、東京都では「住居」以外で全国平均を上回る費目については概ね+5%前後の水準である(「教養娯楽」106.0、「交通・通信」103.2、「食料」103.0、「被服及び履物」102.9など)。
一方で、東京都では「光熱・水道」(96.2)や「教育」(97.9)は全国平均を2~3%下回っている。なお、「教育」は2023年まで東京では全国平均を5%以上 上回っていたが、2024年度からの高校授業料の実質無償化等の政策的要因を受け、2024年には全国平均を下回る水準となっている。
「光熱・水道」は北海道地方(119.6)や東北地方(108.6)、中国地方(105.3)、四国地方(105.1)で高く、地理的条件による燃料輸送コストの高さや、供給網の整備状況の違いなどが影響していると考えられる。
また、「教育」は、これまでは私立校の学費や塾の価格水準の高さなどを背景に、関東地方(東京都)と近畿地方で高い水準が続いていた(2023年では東京109.3、近畿地方114.1)。
しかし、2024年には東京都の指数が低下した一方で近畿地方(116.1)は上昇したことで、近畿地方の高さがより際立つようになっている。
そのほか「食料」は沖縄地方(106.7)が東京都(103.0)を超えて高く、北海道地方(102.3)でも全国水準を上回って高くなっている。
また、「被服及び履物」でも北海道地方(105.9)や北陸地方(103.3)では東京都(102.9)を超えて高くなっている。これらの背景には、本土からの輸送コストの高さや、地理的条件による流通効率の違いなどが考えられる。
以上を踏まえると、「地方は生活コストが安い」という通説については、確かに東京都では住宅コストが突出して高く、日常生活費も全国平均より約5%、物価水準の低い地方と比べても約1割高くなっている。
一方で、地方でも地理的条件などによって必ずしも物価水準が低いとは限らない。実際、総合指数で見ると北海道(101.9)は全国平均を約2%上回っており、これは都市階級別に都市部と地方の町村などを比較しても同様の傾向があると考えられる。
こうした地域差は、住宅や交通、光熱といった地域の構造に根ざす費目によるところが大きく、居住者の努力だけでは抑えにくい。加えて、地方は物価が相対的に低くても所得水準も低い傾向があり(後述)、生活費の負担感は必ずしも軽いわけではない。したがって、生活コストの高低を単純に「地方=安い」と捉えるのではなく、費目別の特性や所得水準とあわせて評価する視点が求められる。