(ブルームバーグ):化粧品スタートアップ、ファジットの共同創業者アリエット・バットルマン氏は昨年10月7日の夜、ホットヨガのクラスを終えてソファに腰を下ろした直後、インスタグラムでつながっている友人から「今すぐテレビでアメフトの試合を見て」とメッセージを受け取った。
パートナーが部屋の向こう側で、米プロフットボールNFLのカンザスシティー・チーフス対ニューオーリンズ・セインツの試合をテレビ観戦していたため、何が起きているかはすぐに分かった。
テレビ画面には、テイラー・スウィフトさんがチーフスのタイトエンドでボーイフレンドのトラビス・ケルシー選手を応援する映像が映っており、しかも彼女はファジットの看板商品であるラメ入りそばかすタトゥーシールを顔に貼っていたのだ。
その直後、スウィフトさんの遊び心あふれるメークについて各メディアが報じ始めたが、商品ブランド名に触れた報道はほとんどなかった。
そこでバットルマン氏は、スウィフトさんが使っていたのはファジットのそばかすシールで、これは有償広告ではないと説明するメールを、できる限り多くのファッション系リポーターに送った。
ファジットのもう1人の共同創業者、ニーナ・ラブルナ氏は「『スウィフトさんがわが社の商品を使っている』と世界中に伝えなければならず、今は一秒一秒が勝負だ」と思ったと振り返る。
ラブルナ氏は急いで在庫確保に動いたが、幸いにも在庫補充の発注を済ませた直後だった。メーカーにもすぐに連絡を取り、需要が爆発した場合に備えて増産体制を整えるよう万全を図った。
実際、需要は急増した。ファジットのウェブサイトとアマゾン・ドット・コムで販売されていたこの商品は、テレビ放映から48時間以内に売上高が100万ドル(約1億5000万円)を突破。伸び率は3500%に達した。

共に29歳のバットルマン、ラブルナ両氏は2024年に300万ドル相当の売り上げを見込んでいたが、スウィフトさんのファンからの支持に恵まれたこともあり、売上高は最終的に1000万ドルを突破。25年には4000万ドルを超える軌道に乗っているという。
ここまで常に順調だったわけではない。以前にスキンケアブランドを運営していたラブルナ氏と、モデルやブランドコンサルタントとして活動していたバットルマン氏は22年、計1万3000ドルの自己資金を投じ、共同でファジットを立ち上げた。ロサンゼルスとマンハッタンにあるそれぞれの自宅から2人だけで事業を始め、当初はニキビ用パッチをオンラインで販売していた。
その後、数多くのベンチャーキャピタルに出資を断られた2人は、セントルイスをベースとするアクセラレータープログラム「キャピタル・イノベーターズ」に応募し、5万ドルを獲得。これを元手に傷跡や埋没毛用パッチ製品を開発し、友人や家族から15万7500ドルの追加資金を集めた。
現在も2人で計96%の株式を保有しており、ファジットは創業以来黒字を維持しているという。ただ、利益率は公表していない。
ここ数年、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」のインフルエンサーの間でフェイクのそばかすが大人気で、眉ペンシルやリキッドアイライナーなどを使って顔に斑点を描くメークが流行している。
そこでラブルナ氏が23年に思い立ったのが、耐水性・耐汗性を備えたラメ入りそばかすタトゥーシールの開発だった。バットルマン氏は最初こそ懐疑的だったが、2人で実際にこのシールを使用して街頭でベータテストを実施。好意的な反応を得たことで商品化に踏み切った。
両氏は24年4月の音楽フェス「コーチェラ」に同商品を投入。知名度を高めるため、サンプルを手渡しで配った。それを受け取った若い女性2人が撮影した動画を、ファジットがTikTokアカウントに再投稿したところ、510万回超の再生回数を記録。その週末の売り上げは急増し、当時の配送拠点だったラブルナ氏のアパートは発送を待つ商品で埋め尽くされた。
PEと会合重ねる
現在は全米のアーバン・アウトフィッターズ、CVS、ターゲットの店舗で販売されており、来年初めにはオーストラリア、カナダ、英国でも販売を開始する予定。バットルマン、ラブルナ両氏は今も自宅から業務を行っているが、6人のスタッフを雇い、配送拠点もカンザスシティーに移した。
ファジットの商品はコンサートやフェス、スポーツイベントと相性が良く、両氏はそうしたニーズに積極的に対応している。昨年10月以降、10を超えるNFLチームからコラボの打診があったという。
この1年で、2人はプライベートエクイティー(PE、未公開株)投資会社と約25回の会合を重ねた。
ファジットは現在、中国と韓国で商品を生産しており、関税を巡る不確実性などの逆風に直面しながらも、拡大計画を進めている。次の一手は、8月1日に始まるウォルマート1400店舗への販売拡大だという。そばかすタトゥーシールの価格は、今も1箱6枚入りで16ドルに据え置かれている。
2人が何より重視しているのは、この商品のヒットを一過性のブームに終わらせないこと、そしてバズったことがかえって足かせにならないようにすることだ。口コミを利用したバイラル・マーケティングは「もろ刃の剣だ」と、バットルマン氏は語る。
持続的な成功につなげるため、2人はそもそもなぜこの商品の人気が出たのかを忘れないよう肝に銘じている。美しさを目指すことは真剣勝負で、技術が必要なものになってしまったけれど、「誰でも子どもに戻った気分で顔にラメを貼り、メークをただ楽しみたい時もある」。ラブルナ氏はそう話した。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:Startup Fazit, Turned Down by Dozens of VCs, Gets Big Swift Bump(抜粋)
もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
©2025 Bloomberg L.P.