ジェームズ・ロウ氏(45)は、レストラン「Lyle’s」(現在は閉店)を英国屈指の名店に育て上げたロンドンのシェフだ。料理人として20年に及ぶ経験を持っていたが、それでも2023年の秋、助けを必要とする場面があった。

「ザ・ファット・ダック」「ザ・リバー・カフェ」といった一流店の厨房に立ってきたが、クロマグロをさばいたことは一度もなかった。

ロウ氏は、英南西部コーンウォールにあるなじみの業者から180キロのクロマグロを仕入れた。こんな重さの魚を解体するのは容易ではない。「ほとんどのうちのシェフが扱ったことがなく、部位ごとに名前も違った」。普段使っているナイフも、この仕事には不向きだった。

そこで頼ったのが、ユーチューブだった。まずチームの仲間と共に、日本の職人の実演を何時間も視聴した。刀のように大きい包丁を操る職人もいた。

「『解体』『日本の市場』『台湾』といったキーワードで検索して素人は除外し、日々実践している人を視聴した」と振り返る。

クロマグロを大まかな部位に切り分けるのに1時間余りかかったというが、「適切な道具と経験があるので、今なら10分ほどで済むだろう」と語る。

ユーチューブによる調査は、これで終わりではなかった。「すし店の名前で検索して、どんな意外なことをしているのか調べてみた」。

ロウ氏はスタッフと共に試行錯誤を重ねた。そうして生まれた「Lyle’s」のマグロのタルタルを、筆者はその年のベストディッシュに選んだ。

「ユーチューブは、素早く情報を得るための驚くべきツールだ」とロウ氏は言う。

アスリートのように

かつてなら、ロウ氏のようなシェフは、写真や図解が載った料理本を読み込むか専門家を呼んで実演してもらうぐらいしか方法がなかった。だが写真だけでは限界がある。他人にやってもらっていても学べない。

今は、ちょうどアスリートがトレーニングのための動画を見て技能を磨くように、シェフもユーチューブ上の膨大な情報にアクセスして腕を磨いているのだ。

もっとも、料理動画そのものは目新しいものではない。料理系コンテンツクリエイターの草分けとも言えそうなジュリア・チャイルド氏のテレビ番組「ザ・フレンチ・シェフ」の放映開始は1963年にさかのぼる。

その30年後に、専門のテレビ局「フード・ネットワーク」が誕生。今や、あらゆるソーシャルメディアに、家庭料理の参考となるコンテンツがあふれ返っている。

特にユーチューブは、料理人にとって宝の山だ。分析会社チューブラー・ラボによれば、月間のフード・ドリンク関連の動画投稿数は2024年1月の17万1000本から、25年6月には31万5000本まで増加した。

ユーチューブによれば、23年1-11月の視聴のうち800億回は、ロサンゼルスの「Kogi BBQ」のシェフ、ロイ・チョイ氏をはじめ、ストリートフード界の大物の動画による実績だった。

ユーチューブは、探すべきものが分かっているプロの料理人にとって、ますます有益な情報源となっている。最近は、料理がうまいアマチュアが名声を得て、自らの店を構える動きにもつながっている。

「ASMR(聴覚などへの刺激を通じた心地良さ)が人気を得たり料理の工程を見ることで満たされたりするなど、以前なら考えられなかった新たな料理の体験が生まれている。ユーチューブ上で、料理は無限の形で命を吹き込まれている」。

ユーチューブ欧州・中東・アフリカ地域カルチャー・トレンド・マネジャー、ロヤ・ザイトゥーン氏はこう指摘する。

10秒の動画

コペンハーゲンのミシュラン星付きの店「Jatak」のオーナーシェフ、ジョナサン・タム氏は08年、伝説的レストラン「Noma」で働いていた頃に日本の調理の技術を検索し、東京の「日本料理 龍吟」の山本征治シェフにたどり着いた。

「彼はウナギをX線で観察して切り方を研究し、鴨の下ごしらえを披露していた」と振り返る。

もっとも、そのユーチューブでさえ、そのうち存在感が低下するかもしれない。

「TikTok(ティックトック)。うちの若いシェフたちが使っているのはあれだ」とタム氏。飾り付けや面白いケーキを撮影した10秒の動画を見ているという。

視聴しやすさと短い尺、ユーザーが求める情報を届けるアルゴリズムを武器に、ティックトックの影響力は広がるばかりだ。

「ティックトックは、彼らの関心を引き付ける。それが、より深い調査につながるかもしれない。あるいは、それが彼らが求めている情報の全てかもしれない」と話す。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:How YouTube and Tiktok Are Shaping a New Generation of Chefs(抜粋)

もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp

©2025 Bloomberg L.P.