(ブルームバーグ):イスラエルによる侵攻前、ガザ市の中心部にあったスーク・フェラスは、小さな商店や露店が立ち並び、オリーブやトマト、桃など地域の新鮮な農産物を売る人々と、それを値切ろうとする人々で活気に満ちた市場だった。それが今では、ごみの廃棄場に変わり果てた。
ガザを拠点とするパレスチナNGOネットワーク(PNGO)のアムジャド・シャワ氏によると、スーク・フェラスには今や20万トンに及ぶ廃棄物が積み上がっている。
シャワ氏は地方当局や国連機関と協力し、新たなごみ処分場を確保しようとしているが、それは容易ではないと話す。ガザ市の約45%が強制退去の対象となり、残りの地域は事実上立ち入り不可能なためだ。燃料はほとんどなく、道路は破壊されている。ごみは「手に負えない」ほどになっていると、同氏は語る。
「ごみ集積場は難民キャンプのまさに中にあり、テントで暮らす住民のすぐそばにある。衛生用品も水もなく、薬も医療支援もない。今は痛みを伴う状況だが、公衆衛生に長期的に影響が残るだろう」とシャワ氏は述べた。
ブルームバーグ・ニュースが6月に撮影された高解像度衛星画像を分析したところによれば、スーク・フェラスは、2023年10月にイスラエルとイスラム組織ハマスの戦争が始まって以降、ごみが積み上がるようになった場所の一つで、このような廃棄物集積所はガザ内におよそ350カ所ある。この新たなごみ置き場を合計すると、面積は1平方キロメートルを超える。衛星画像の限界を考慮すれば、実際のごみ集積所の数がこれより多いことはほぼ間違いなく、また各所のごみの量は測定できない。
これらのごみ集積所の多くは、人々の生活圏に近接している。約60%は難民キャンプの近くにあり、15%は上下水道や衛生関連施設の周辺に位置している。
2年近くに及ぶ混乱と爆撃で、ガザの環境被害は壊滅的な水準だ。ガザにおける非公式のごみ集積所をブルームバーグが分析したところ、行政サービスの崩壊やインフラの損傷、人々の強制移動がどのようにして環境災害を生み、それが人道危機を悪化させているかが明らかになった。積み上がるごみの山は、破滅的な状況の一部でしかない。
NGOと国際援助機関の調査、衛星画像によれば、長年のハマス支配で既にぜい弱だったインフラと公共サービスは、ほぼ完全に機能を停止するか、破壊された。これによりガザ沿岸の海域は人間の排せつ物や工業化学物質で汚染され、住民の大多数に水を供給している唯一の浅い帯水層も汚染の危機にさらされている。
都市部では、崩壊した建物のがれきが少なくとも5500万トンに上ると国連は推定しており、それに伴って有害な粉じんや煙が大気中に放出されている。使用済みの弾薬からは、重金属などの汚染物質が土壌に浸透している。
イスラエル政府は、環境被害を防ぐため可能な限りの努力をしていると主張している。
PNGOのシャワ氏は、ガザの状況について「あらゆる次元で複雑な環境災害」だと指摘。「その影響は今日だけの問題ではない。ごみから流れ出た有毒物質は、少しずつ人体に影響している」と述べ、「井戸も、地下水のボーリング施設も、海水淡水化プラントも失われた。ガザに生命の象徴と言えるものは、もう何も残っていない」と続けた。
戦争はハマスが2023年10月7日、イスラエルに侵入し、約1200人を殺害、250人前後を人質としてら致したことで始まった。このうち約50人が今もガザで拘束されているが、生存者は半分に満たないだろうとイスラエル当局はみている。
ハマスの支配下にあるガザの保健当局は、イスラエルの攻撃によりパレスチナ人6万人近くが死亡し、約14万人が負傷したとしている。民間人と戦闘員の区別は付けていない。
戦争による環境への有害な影響は数十年に及ぶほど甚大で、地域の有力国が提案した復興計画では補いきれないと、専門家は論じている。汚染した土壌や不衛生の環境から薬物への耐性を身につけた病原菌が現れたり、水や風、あるいは野生動物や人間、車両の移動によって有毒な化学物質が運ばれたりし、影響がガザの外に広がることも避けられないだろう。
「ガザの環境で起きていることは、ガザの中だけで終わる話ではない」と、英国の研究団体「紛争と環境の監視団(CEOBS)」の責任者、ダグ・ウェア氏は指摘。「これだけのさまざまな問題が、国境を尊重することはほとんどない」と述べた。
黒い水
環境活動家のバシル・ヤシン氏(56)は難民キャンプの外に行っても十分安全だと思われる時、地中海を見渡せる砂丘を歩く。海中のバクテリアや汚染物質の調査を行っていた同氏は、今や絶望しか感じられないと話す。特に引き潮の午後、海水は「未処理の下水で黒く濁っている」という。
ガザの上水は領内に走る帯水層からの地下水に大きく依存し、清潔な水の確保は長年の懸念事項だ。しかし、この帯水層は長年の過剰利用などにより、供給量も水質も悪化の一途をたどってきた。
戦前のガザは、1平方キロメートルあたり5500人という人口密集地帯だった。住民が農業や生活用水のために井戸を掘るたびに帯水層の水は減り、それにより海水の侵入が進んだ。肥料や農薬による汚染、さらに老朽化したインフラから漏れ出す生活排水なども、水質汚染を悪化させた。
ハマス支配下での管理不備に加え、2007年以降にイスラエルとハマスの間で勃発した4度の武力衝突で、戦争前から水道インフラはすでに劣化した状態だった。そして、2年近く続く今回の戦争で、ゆっくりとした危機から完全な崩壊へと一気に悪化した。
戦争開始からわずか4カ月以内に、揚水施設や海水淡水化プラント、下水処理施設など水関連インフラの6割が破壊された。25年2月までには、水道ネットワークのほぼ全体が機能停止に陥った。
ガザの住民は現在、面積のわずか14%に相当する約51平方キロメートルの地域に密集して暮らしている。写真や映像、現地からの証言は、未処理の排水や汚水が市街地や農地に流れ出ていることを示す。
この排水には、不発弾や戦争の残骸、慢性的な電力不足への対策で近年ガザで普及していた屋上設置型のソーラーパネルから漏れ出した鉛や水銀、カドミウムなどの重金属が混入している。
さらに、排水の一部は蒸発して濃度の高い汚染物質だけが残り、低地にはよどんだ大きな汚水の水たまりができる。国連環境計画(UNEP)によると、今月の時点で毎日約8万4000トンの下水が地中海に流出していた。
土壌が砂質で透水性が高い地域では、汚染物質が帯水層に染み込み、地下水の汚染をいっそう悪化させている。
ガザでは樹木もほぼ全て消えた。イスラエルの空爆や地上作戦で消失したり、住民が暖房や調理のために木を伐採せざるを得なかったりしたためだ。この森林破壊と、軍事作戦用に固められた土壌があいまって、長期的な砂漠化のリスクが高まっているとUNEPは指摘した。
イスラエル軍は意図的に農地を損傷させてはおらず、「作戦上の必要性がない限り」環境への影響を軽減しようとしていると、軍報道官は主張。「攻撃と作戦に伴い生じ得る被害の算定と考慮に多大な努力を費やしている」と述べ、ハマスは果樹園や農地から定期的に攻撃を仕掛けているとも付け加えた。
原題:The War in Gaza Leaves Toxic Legacy of Garbage, Disease and Pollution(抜粋)
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