ソフトバンクグループが出資するオラ・エレクトリック・モビリティーのスクーターが、インドの巨大な二輪車市場で手頃な価格の新製品として高い需要を得ていた3年前、共同創業者で最高経営責任者(CEO)のバビッシュ・アガルワル氏は数週間にわたり英国に滞在していた。

同氏は英自動車産業の中心地コベントリーに研究開発拠点を設立。ジャガーやアストンマーティンのデザインを手がけた業界の大物らを高額で採用し、自社製電気自動車(EV)の開発を目指した。米EVメーカーのCEO、イーロン・マスク氏のようになることがアガルワル氏の夢だった。

しかし、そのEVはついに発売されなかった。オラ・エレクトリックは一方で、別の理由で注目を集めた。スクーターの発火や部品の故障といった事例がSNSに次々と投稿されたのだ。

アガルワル氏

製品の欠陥は過去3年にわたり続き、損失の拡大や規制当局による監視、そして市場シェアの低下を招いた。オラ・エレクトリックは、有名になったスタートアップ創業者が足元を固める前に飛び立とうとしたことで生じ得る問題への警鐘となっている。

オラ・エレクトリックは2024年8月、華々しくムンバイ市場に上場。だが、それから1年を経ずして、25年のインド株式市場で最も低迷する銘柄の一つとなった。同社株は今年に入り約52%値下がりし、アガルワル氏(39)は危機対応に追われている。

 

投資ファンドのアドバントエッジを創業したクナル・カッター氏は「インドで事業を構築するには、忍耐と集中力、そして継続的な試行錯誤が必要だ。特に新たな市場カテゴリーを創出しようとする場合はなおさらだ」と指摘。「製品と市場が適合する前に過剰な資金が入ると、かえって悪影響を及ぼす恐れがある」と語った。

オラ・エレクトリックの担当者は電子メールでのコメント要請には応じないとしている。

苦境

オラ・エレクトリックの転落は、22年前半まで資金調達ブームに沸いていたインドの有力スタートアップ各社が直面する成長に伴う痛みを象徴している。

オンライン家庭教師アプリのバイジューズや電子薬局のファームイージー、ホテル予約サービスのオヨホテルズといった企業もブームに乗ったが、その後は評価額の急落や経営破綻に直面している。

バイジューズは訴訟や未払い給与、資金難に苦しみ、債務を抱えるファームイージーは評価額が約90%縮小。オヨホテルズの新規株式公開(IPO)は何度も延期され、EV専門タクシーのブルースマートは今年、営業を突然停止した。

オラ・エレクトリックが現在置かれている苦境は、インドのEV市場をターゲットとするぼんやりとした構想をアガルワル氏が描いていたころの楽観的な姿勢とは対照的だ。

ソフトバンクグループは6年前、オラ・エレクトリックに2億5000万ドル(現在の為替レートで約367億円)を出資。この時点で同社はまだ製品を一つも手がけていなかった。マトリックス・パートナーズ・インディアやタイガー・グローバル・マネジメントも初期の出資企業だった。

こうした当初の投資判断は、アガルワル氏が10年に共同創業した配車サービス、オラ・キャブスの成功に基づいていた。

オラ・エレクトリックの広告(ニューデリーの店舗で)

アガルワル氏は、22年までにEV100万台を展開し、年間1000万台の電動スクーターを製造する巨大工場を建設すると約束していた。ソフトバンクグループは、台湾のEVメーカー、睿能創意(ゴゴロ)への投資機会を逃した反省から、次の勝ち組に乗り遅れたくなかったと関係者は話している。

しかし、アガルワル氏はEVをゼロから開発する代わりに、経営難に陥っていたオランダのエテルゴから電動スクーターの設計図を買い取った。エテルゴは「AppScooter」というコンセプトモデルを開発していたが、商業生産には至っていなかった。買収額は375万ユーロ(現在の為替レートで約6億4500万円)で比較的安いとされていた。

アガルワル氏は20年5月の発表資料で、「こうした製品をインド国内で製造するため、世界最高水準のエンジニアリングやデザイン・製造能力を構築することを目指す」と表明していた。

オラ・エレクトリックは21年終盤、エテルゴの設計を基にした初の二輪車「S1」の納入を開始。大量生産やインドの道路環境に適した試験が行われないままの投入だった。当初は、EV市場でいち早く量産化に成功したことが同社の勢いを支えたが、それは同時に、初代モデルを磨き上げる時間の欠如を意味していた。

ブルームバーグの記事は、オラ・エレクトリックの内部事情やアガルワル氏の経営スタイルに詳しい6人の関係者への取材に基づいている。これらの関係者は、いずれも同社の正式な広報担当ではないため、匿名を条件に語った。

信頼喪失

オラ・エレクトリックのスクーターはもともと時速45キロ程度の都市走行を想定していたが、同社はその速度を倍にし、より重いバッテリーと新たなソフトウエアを搭載して再設計した。インドの厳しい気候や道路状況を考慮することなく、生産が急がれた。

そして、22年前半になると、バッテリー発火や部品の不具合といった問題が相次ぎ、地元メディアでも報じられた。

オラ・エレクトリックが抱える問題の多くは、コストを抑えようとする安易な対処法にあると関係者は指摘する。設計やシステム統合の不備がリコールや、昨年は月8万件に達した顧客からの苦情につながり、保証対応による評価損も膨らんだ。相手先ブランドによる生産(OEM)メーカーとしての信頼も損なわれた。

オラ・エレクトリックのスクーター(2022年)

元オラ・エレクトリック製品戦略責任者で現在はコンサルタント会社インサイトEVを率いるディーペシュ・ラトール氏によれば、「人々は価値と信頼性を重視しており、それを満たせない新興OEMは苦戦し、既存ブランドに利がある」という。

23年5月までに量産モデルの「S1エア」は品質問題に直面。フレームは手作業でたたいて調整しなければならず、ヘッドライトは組み立てラインで外れ、車体のパネルには大きな隙間があったという。

アガルワル氏は、テスラが17年に直面した「生産地獄」と呼ばれる危機的状況に対応したマスク氏に倣うように、インド南部クリシュナギリの工場に寝泊まりしながら対処に当たったという。

オラ・エレクトリックの第2世代スクーターではコスト削減のため、外装トリムパネルに使用されるプラスチックや金属の等級やベルトカバーなどほぼ全ての部品が再検討された。価格を抑えるために採用されたハブモーターは水に弱く、モンスーン期には顧客の不満を招いた。

シェア急落

販売手法を巡っては規制当局の監視も強まり、インド運輸当局による家宅捜索や押収、警告通知の対象となった。ブルームバーグ・ニュースは今年3月、データが確認できた約3400カ所のショールームのうち、インドの自動車法で義務付けられている取引証明書を取得していたのは、わずか100カ所余りだったと報じた。

さらに、アガルワル氏の過激なSNS投稿や、スタンドアップコメディアンとの口論、タイミングの悪い店舗網拡大が規制当局をいら立たせた。

その結果、インド政府の車両登録データによれば、オラ・エレクトリックの市場シェアは昨年6月の46%から20%未満へと急落した。

ニューデリーにあるオラ・エレクトリックの店舗で

コタック・インスティテューショナル・エクイティーズの5月30日付リポートによると、オラ・エレクトリックの25年3月期損失は前期比で約43%増え約225億ルピー(約385億円)。特に今年1ー3月期に赤字が倍増した。

同社株の下落を受け、機関投資家の撤退も始まっている。韓国の現代自動車と起亜自動車は6月にオラ・エレクトリック株を約1億3600万株売却。マトリックス・パートナーズ・インディアとソフトバンクグループも持ち株比率を縮小した。

資金繰りも悪化し、170億ルピーの融資調達を取締役会が5月に承認。アガルワル氏は財務の立て直しを図っている。

AI

赤字が続くオラ・エレクトリックだが、アガルワル氏は今、少なくとも1四半期で黒字を実現し、株価を押し上げることに全力を注いでいる。

そのため、さらなるコスト削減に踏み切り、今年に入り1000人余りの正・契約社員を解雇。その後も人員整理は続いており、一部の部門では昨年まで在籍していた十数人がゼロになった。ボーナスは1年以上支給されておらず、支払い遅延に不満を抱く取引先もあるという。

同社は現在、ハイパワー電動バイク「ロードスター」に巻き返しを託している。5月に納車を開始したが、実際に受け取った顧客はわずかで、受注数も2月時点で2000件未満と低調だ。

 

アガルワル氏は新たな事業にも乗り出している。人工知能(AI)スタートアップ、クルトリムを立ち上げ、24年にはマトリックス・パートナーズなどの出資を受けて10億ドルの評価額を得た。

同氏は今年2月にSNS上で、クルトリム向けに200億ルピーの資金調達を発表。「来年まで」にさらに1000億ルピーを集めるとの見通しも示した。

かつてテスラのようなEVメーカーを夢見たアガルワル氏は、今度はクルトリムを通じて世界のAI大手と競い合うと宣言している。同氏は24年2月、 「クルトリムはわが国のAIコンピューティング基盤における新時代の幕開けだ。われわれは世界と共にイノベーションを行い、未来のパラダイムを定義していく」とアピールした。

原題:SoftBank-Backed Ola in Crisis Mode a Year After Blockbuster IPO(抜粋)

--取材協力:Apoorva Ajith、Advait Palepu.

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