(ブルームバーグ):イーロン・マスク氏は実業家としてのキャリアにおいて、決定的かつ危険とも言える局面を迎えている。その発端となったのが右派ポピュリズムへの傾斜だ。
トランプ大統領の「MAGA(米国を再び偉大に)」運動や欧州の極右政党への支持を表明したことで、マスク氏は当初の顧客層の多くを遠ざけた。その結果、テスラのブランドは損なわれ、販売台数や市場シェアに悪影響が及んだ。5日には蜜月関係にあったトランプ氏との決裂が表面化。世界最強の影響力を持つ米国の大統領から報復を示唆される事態に陥った。
従来の顧客を失った上に、数カ月にわたり支援してきた政治運動とも修復不可能な関係となったことで、マスク氏はここにきて極めてまれな複合的脅威に直面している。具体的にはブランドへの支持喪失、売上高の低迷、そして法的・規制上のリスクの高まりだ。
テスラの販売はすでに政治的な逆風で苦戦しており、長らく戦略的な国家資産と見なされてきたスペースXも、政治の風向きが変わる中で新たな標的として浮上している。さらにトランプ政権への近さとそれに伴う広告収入で追い風が吹いていたX(旧ツイッター)も、勢いを失う可能性がある。
ガーバー・カワサキ・ウェルス・アンド・インベストメント・マネジメントのロス・ガーバー最高経営責任者(CEO)は5日、「イーロンは株主の利益にかなう行動をしていない」とブルームバーグテレビジョンで発言。同氏の言動が「マスク帝国のリアルタイムでの崩壊」につながっていると述べた。同社は過去数年にテスラの持ち分を減らしている。
左派と右派の双方に敵を抱える中で、マスク氏は消費者の反発と政治的な敵意が渦巻く嵐の中心に立たされた。
「右派は誰もテスラを買わないし、左派も買わない。イーロンは祖国を失った男だ」。かねてマスク氏に批判的だったトランプ氏の元外部顧問、スティーブ・バノン氏はこう指摘する。
その上で、マスク氏の機密情報の扱い資格を取り消すとともに、国防生産法(DPA)に基づき、スペースXとスターリンクを国家安全保障上の重要資産として接収するよう、トランプ政権の「最上層部と継続的に協議している」とインタビューで述べた。
トランプ氏がそこまで踏み切らなくとも、ホワイトハウスには報復手段が多く存在する。トランプ氏は証券取引委員会(SEC)、運輸省道路交通安全局(NHTSA)、連邦航空局(FAA)などの規制当局の権限を活用し、マスク氏の事業および同氏の富の源泉に対して本格的な打撃を与えることも、終わりなき規制の泥沼に陥れることも可能だ。
マスク氏とトランプ氏の決裂が決定的となった5日、マスク氏の個人資産から340億ドル(約4兆9200億円)が消失。ブルームバーグ・ビリオネア指数の算出開始以来、過去2番目に大きな減少となった。

ただ、マスク氏はこれまでも、長期にわたる苦境に幾度となく直面してきた。テスラはかつて経営破綻の瀬戸際から立ち直り、世界最大のEVメーカーに成長した。マスク氏の旧ツイッター買収も、当初は巨額債務が銀行のバランスシートに残り続けると酷評されたが、トランプ氏の大統領返り咲きを受けて状況は一変した。
ラッファー・テングラー・インベストメンツのナンシー・テングラー最高投資責任者(CIO)は6日、「マスク氏は破滅寸前まで追い込まれては、土壇場で復活するという傾向がある」とブルームバーグテレビジョンで語った。同社の成長株ポートフォリオのうち、テスラ株は3.5%を占める。
「マスク氏は今こそ言動を慎み騒動を控え、事業経営に立ち戻るべきだ」とテングラー氏。投資家は成長を求めてテスラ株を保有しているのであり、「芝居がかった振る舞い」のためではないと語った。

原題:Musk’s Empire at Risk After Trump Feud Opens Multi-Front Fight(抜粋)
--取材協力:Josh Wingrove、Akayla Gardner.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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