(ブルームバーグ):密月関係にあったテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)とトランプ米大統領の決裂は、多くの人にとって想定内だったと思われる。非難の応酬を繰り広げた両者の対立には沈静化の兆しも見られ、投資家はひとまず安堵した様子だ。テスラの株価は5日に急落し、時価総額が1兆ドルを割り込んだが、6日には反発した。
株価の反発には、安堵感によるものと思い込みに基づくものがある。6日の反発は後者に極めて近い。テスラの企業価値はマスク氏の存在に大きく依存してきたが、最近まではトランプ氏との関係性も投資家の評価には織り込まれていた。そして、その関係性をマスク氏自身が壊した。融和的な発言はあったものの、今回の愛憎劇によって、マスク氏の政治的言動がテスラに及ぼす多様なリスクが改めて浮き彫りとなった。
両者による非難の応酬の中で、トランプ氏のある投稿が特に注目を集めた。「われわれの予算から何十億ドルも節約する最も簡単な方法は、イーロンに対する政府補助金と契約を打ち切ることだ。バイデンがこれをやらなかったことは常に驚きだった」というものだ。
今回の批判合戦は、テスラ株が政治動向に左右される時代の終わりを意味するのではなく、むしろ新たな、より不透明な局面の幕開けを示している。
マスク氏がトランプ氏への支持を表明した当時、テスラの電気自動車(EV)事業は、モデルの陳腐化により苦戦を強いられていた。EVに批判的な候補者を支持する姿勢は一見ちぐはぐにも映ったが、自動運転車へのシフトを鮮明にしていた同社の戦略を踏まえると、一定の合理性もあった。ホワイトハウスと議会がテスラに友好的な構図となれば、規制当局による干渉を抑えるとともに、自動運転タクシー(ロボタクシー)の実用化を後押しする法整備が進む可能性もあるからだ。
現在、テスラのEV事業は一段と厳しい局面を迎えている。「MAGA(米国を再び偉大に)」運動に反発する層からの逆風にさらされているほか、中国メーカーの圧倒的な競争力も重くのしかかっている。こうした中、テキサス州オースティンでのロボタクシーサービスの開始こそが、株主の信頼をつなぎ留める鍵との見方が出ている。
しかし、マスク氏によるトランプ氏および共和党全体への攻撃は、単なる関係断絶にとどまらず、関係の土台をも揺るがす内容だった。仮に表向きの和解があったとしても、マスク氏による一連の発言は今後に禍根を残すだろう。
EV、宇宙開発、通信、人工知能(AI)、さらには「武器化」された自身のソーシャルメディア・プラットフォームまでを網羅するマスク氏の巨額の資産と企業帝国は、極めて手強い存在だ。しかし、米大統領の権限もまた強大であり、トランプ氏のように強い遺恨を抱きやすい人物であればなおのこと、対峙する相手として厄介な存在となり得る。
マスク氏は巨額の資産を保有する一方で、その資産には極めて不安定な側面があるという点を忘れているように見える。その資産に対しては、「地上で最も権力を持つ人物」が大きな影響力を行使し得るのだ。とりわけ、宇宙開発企業のスペースXは政府と多くの契約を抱えている点で影響を受けやすいとみられる。
テスラ株も脆弱性を抱えている。トランプ氏の看板政策の一つである大型減税・歳出法案には、EV購入時の税控除を前倒しで終了する内容が含まれている。JPモルガンの推計によると、これによりテスラの年間利益は最大で12億ドル押し下げられる可能性がある。販売台数の減少と大幅な値引き対応に苦慮するテスラにとって、こうした逆風はまさに避けたい事態と言える。言い換えれば、すでに苦境にあるテスラの主力事業に対し、トランプ氏がさらなる打撃を加える可能性があるということだ。
一方で、マスク氏がトランプ氏と距離を置くようになったからといって、リベラル志向かつ環境意識の高いEV購入層との関係が大きく改善するようには見えない。両者が舌戦を繰り広げたその日、ゴールドマン・サックスは、ブランドイメージの毀損が尾を引いていることなどを理由に、テスラの今年の販売台数予想を160万台未満に下方修正した。これは2023年の実績を大きく下回る水準となる。米政界の両陣営に敵意を向けたマスク氏の姿勢は、米国におけるテスラの顧客基盤を、縮小傾向にある無党派層に実質的に絞り込んでいるようにも映る。
さらに問題は続く。テスラの企業価値は自動運転車分野での支配的地位を確立するという期待に大きく支えられている。マスク氏が推進していた連邦レベルの自動運転関連法案の実現可能性はさておき、トランプ政権が規制当局を通じて圧力をかけることは、さほど難しいことではないだろう。
そうなれば、マスク氏本人のみならず、投資家にとっても大きな打撃となるだろう。たった1日で1500億ドル超の時価総額が吹き飛んだにもかかわらず、テスラ株の予想PERは130倍と、一般的な自動車株の約10倍という高水準にある。その企業価値が公衆の面前で損なわれば損なわれるほど、トランプ氏に対するマスク氏の影響力は失われていくことになる。
一連の事態は不可解にも映るが、その根底には、マスク氏の突発的な言動や無用な対立をいとわない長年の性向がある。これまで数々の騒動が容認されてきたのは、マスク氏の神通力があったからだ。すなわち、テスラをEV、ロボタクシー、そして最近顕著になっていた政治的影響力など、絶えず変化する物語に乗せて「ミーム株」へと仕立て上げる力である。だが不幸なのは、テスラの命運が今や、同じく「ミーム」の使い手であり、短気な性格を持ちつつ、時に強力な官僚機構を掌握する人物の気まぐれと利害に委ねられる構図となっていることだ。
(リアム・デニング氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。元銀行員で、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)のコラム「Heard on the Street」の編集に携わり、フィナンシャル・タイムズ(FT)のコラム「Lex」を執筆していました。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Musk Dust Up Lays Bare Tesla’s Vulnerabilities: Liam Denning(抜粋)
コラムニストへの問い合わせ先:New York Liam Denning ldenning1@bloomberg.netエディターへの問い合わせ先:Candice Zachariahs czachariahs2@bloomberg.net翻訳者への問い合わせ先:New York 宮井伸明 nmiyai1@bloomberg.net
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