日本が人工知能と(AI)とニューラルネットワークの研究分野でパイオニア的科学者を輩出していたことは、今ではもうあまり知られていないかもしれない。

現在展開されている世界的なAI競争の基盤づくりに貢献した日本だが、生成AIの開発と導入では後れを取っている。生成AIは、ほとんどの指標で1兆ドル(約149兆円)規模の市場になると予測されている。

米国と中国からはAIに関する新たな発表が毎日のように飛び込んできている。AIスタートアップのDeepSeek(ディープシーク)が世界に与えた衝撃で、中国勢のイノベーション(技術革新)に一気に注目が集まった。

一方、ハイテク先進国とされてきた日本だが、米中のペースに遅れないよう必死だ。AIの基盤モデルが2019-23年に米国から182件、中国からは30件が発表されているが、日本は皆無だ。ただ、日本発のスタートアップ、サカナAIの評価額が昨年、15億ドルに達するなど、一定の進展も見られる。

それでも、日本国民のAIに対するスタンスは驚くほど否定的だ。野村総合研究所が今年発表した調査によると、生成AIを使用したことがあると答えた消費者はわずか9%。米国の消費者を対象にした別の調査では、その割合は39%だった。

同時に、日本ではAIに対し極めてオープンな姿勢も見られる。昨年6月に公表されたイプソスによる32カ国を対象とした調査によれば、AIを使用した製品やサービスについて「不安を感じる」と答えた回答者の割合は日本が最も低かった。

しかし、懐疑的な見方が根強いのも事実だ。今後3-5年でAIが経済をより良くすると答えた日本人はわずか25%。中国人の72%と比べると極端に低い。日本人はAIによる生産性向上のメリットについても最も強く疑いの目を向けている。

その要因の一端は、明らかにAIになじみがないことだ。調査対象となった数十カ国の中で、回答者の過半数がAIについてよく理解していないと答えたのは日本だけだった。

こうした意見の中には、長期視点で見れば健全なものもある。世界的なAIを巡る過熱ぶりは、一般の人々にとって幅広い有用性や利益を生み出す能力を絶えず検証することなく、全速力で突き進んでいる。

日本の問題は、ハードとソフトの断絶だ。多くの人がハードウエアで世界をリードしていた日本が退潮した理由として、ソフトウエア導入に対する抵抗があったことを挙げている。

「ものづくり」、つまり物体やデバイスをバーチャルサービスよりも重視する傾向が強過ぎたのだ。しかし、AI革命は、テクノロジー業界が再び勢いを取り戻す新たな機会を提供している。

本領発揮

日本には、AIが大きな変化をもたらす可能性が最も高い分野の幾つかがある。労働人口の減少と高齢化により、企業は次世代テクノロジーを大胆に取り入れる必要性に迫られている。企業が労働力の確保に苦慮している今、自動化による雇用喪失への懸念はそれほど深刻ではない。

日本がAIの波に取り残されないためには、社会全体の雰囲気をシフトさせる必要がある。歴代政権はここ数年、AIに対する幅広い支持を表明してきた。しかし、日本国民が抱く政府への信頼が世界最低水準にある中で、この革命を推進するためには、起業家や企業がより多くのことを行う必要がある。

日本勢には、本領発揮の大きなチャンスだ。つまり、海外で起こっているイノベーションを基にし、実用的な消費者向け製品やサービスを生み出すことだ。

企業がこれに集中すればするほど、AIの採用と認知度を高めることができる。これは、AIに無関心な消費者に現実的な恩恵を示し、AIを現実世界に定着させることを意味する。

日本企業はカナダと並んで世界で最も信頼されている。かつての世代がそうしたように、今こそ海外市場をターゲットに野心的に取り組むべきだ。消費者向け製品に大規模モデルを微調整して組み込むことでリソースの絞り込みができ、汎用(はんよう)AI(AGI)の夢を追う上で競争力の維持が可能だ。

日本は次世代の才能を育てるため、AI教育への取り組みを強化すべきだ。中国はすでに小中学生向けにAI授業を導入する方針を打ち出している。企業はこの変革に不安を抱く働き手の信頼を築き、クリエーティビティーを鼓舞するため、トレーニングや「リスキリング」プログラムへの投資を行うべきだ。

海外からエンジニアや研究者を迎え入れることで、イノベーションのエコシステム(生態系)を強化する好機でもある。

トランプ米大統領が最近、高度なスキルを持つテクノロジーワーカーや学生を含む移民を威嚇していることは、日本にプラスに働くだろう。世界的なソフトパワーを持つ日本は、技術者にとって魅力的な働き場所だ。日本政府は今こそ、官僚主義的な障害を取り除き、グローバルな人材を歓迎するため、より多く施策を進める必要がある。

そして、日本企業は熱意を高めるため、自社の取り組みをアピールすべきだ。シリコンバレーのモデルである広報活動への極端な投資を推奨するのにはためらいがあるが、AIの可能性を国内でより効果的に訴え、世界に向け研究結果を共有する必要がある。

日本にはオープンソースモデルのコスト効率の良い国内企業向けサービスなど、目立たないながらも幾つかの製品イノベーションは存在するが、必ずしも認知されているわけではない。AIに対する低い受容性を打破することは、より野心的な投資を確実に成功させるために極めて重要だ。

今は遅れているように見える日本だが、AIのリーダーとして台頭するために必要な基本条件は全てそろっている。日本の起業家は今こそ、恐れることなく挑戦すべきだ。

(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジー担当しました。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Japan Urgently Needs an AI Vibe Shift: Catherine Thorbecke(抜粋)

もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp

©2025 Bloomberg L.P.