(ブルームバーグ):米国では個人投資家による株式取引はかつてないほど簡単になっている。そして過去2年間、それは株でお金を稼ぐことを意味してきた。
フィデリティからロビンフッド、コインベースなどのプラットフォームでは、2023年と24年は値上がりを示す緑色の表示が圧倒的に多かった。その2年間でS&P500種株価指数は20%余り上昇。エヌビディアやテスラなど個人投資家に人気の銘柄は急騰してきた。
しかし最近では、トランプ大統領の混沌(こんとん)とした通商政策が投資家や米企業に動揺を与える中、株価は上昇の一途をたどるという感覚は覆されている。S&P500種は12日には反発したものの、前日には直近高値からの下落率が一時的に10%に達し、調整局面入りが意識される水準まで下げていた。
ここで大きな疑問が一つ持ち上がる。個人投資家が自分の資産額の変動をこれまで以上に簡単に確認できるようになった今、株価の大幅下落は米経済も道連れにすることになるのかという点だ。特に、ここ数年の個人消費を支えてきたのが高所得者層であることを踏まえると、これは無視できない問題だ。
インタラクティブ・ブローカーズのチーフストラテジスト、スティーブ・ソスニック氏は、特に重要なのは「資産効果によって消費者の購買意欲が劇的に高まっていた点だ」と指摘。「市場に投資できる立場にある人々は利益を得た。それが消費活動とセンチメントに影響していた」と語った。
これまで、メインストリート(実体経済)とウォールストリート(金融市場)は異なる場所であり、株式の上昇や下落がより広範な経済を左右することはないと広く考えられていた。しかし過去数年の間に、自分の投資資産の価値をスマートフォンで確認できる投資家の数は急増した。とりわけ新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)時には、他にやることのない多くの個人が株式市場に押し寄せた。

例えば、インタラクティブ・ブローカーズ・グループの総口座数は2020年末から昨年末にかけて3倍余りに増加。チャールズ・シュワブのアクティブ口座数は同期間に23%増え、フィデリティ・インベストメンツではリテール口座数が23年末時点の3150万件から24年末には3600万件に拡大した。
取引の需要が高まる中、米国の最も象徴的な証券取引所の一部はサービスを強化する動きを見せている。ナスダックは先週、米国株の24時間取引体制を整える計画を明らかにした。
株式を所有するのは比較的裕福な層である傾向が強く、ここ数年の経済と企業収益を支えてきたのがまさにこの層だ。インフレや高金利が低所得者層に打撃を与える中でも、高所得者層は自動車購入や休暇、テイラー・スウィフトのコンサートや外食に出費を続けてきた。
しかし今、株価が下落する中で財布のひもを締める動きが見え始めている。
カリフォルニア州サンタバーバラ在住の医療技術コンサルタント、マックス・リットマン氏(26)は、かつては資産の約30%を現金で保有していたが、昨年9月の連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げが実施された後に株式への配分を増やし始めた。
現在、同氏の資産の多くは「SPDR・S&P500ETFトラスト」(SPY)や、ナスダック100指数に連動する「インベスコQQQトラスト」など上場投資信託(ETF)に投じられている。
いつでもポートフォリオを確認したいという衝動に駆られるが、1日に一度チェックするだけでも、交際相手と一緒に蓄えてきた資産が目減りしていることは十分に分かるとリットマン氏は語る。休暇の計画は延期し、レストランでの食事も控えているという。
「何もかもがあまりに高額なのに市場は低迷している。売り時を逃したような気がする」と同氏は語った。
定年退職者に迫る危機
定年退職したばかりの人や、定年間近な人にとって状況はさらに複雑だ。
株式比率の大きいポートフォリオを維持し、分散投資を行わず、安定的な投資先に資金に回さなかった退職者は、特に厳しい状況に置かれている。株価が下がった状態で売却を余儀なくされた場合、老後資金が当初想定より早く底をついてしまうリスクが高まることなるからだ。
チャールズ・シュワブのファイナンシャルプランニング担当マネジングディレクター、ロブ・ウィリアムズ氏は「市場が不安定な局面で最も打撃を受けやすくなる期間を私はレッドゾーンと呼んでいる。退職前の2年から5年、退職後の2年から5年がそれに当たる」と述べた。
消費支出の大半が裕福な層に集中している現在、株価下落が米経済のエンジンの歯車を狂わせるリスクは現実的にあると、バンダービルト大学でマーケティングを教える行動科学者のケリー・ゴールドスミス教授は指摘する。
「彼らは市場の浮き沈みに関する情報を受け取ることの多い層であり、それが彼らの支出全体に影響を与える可能性がある」と同教授は語った。
原題:The $5 Trillion Stock Wipeout Is Rattling America’s Big Spenders(抜粋)
--取材協力:Suzanne Woolley、Paige Smith.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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