強烈な個性の持ち主である米国のトランプ大統領との交渉は、トップ同士のケミストリーも重要となる。この点、政治信条やパーソナリティがトランプ氏と真逆と言える英国のスターマー首相の訪米に、筆者は多くを期待していなかった。だが、2月27日の首脳会談でトランプ大統領は、スターマー首相を歓待し、英米間の貿易協定の締結や経済協力の強化、英国の海外領土であるインド洋のチャゴス諸島の主権をモーリシャスに譲渡する計画承認に前向きな発言をした。

米英間の貿易関係は「公平」

スターマー首相の訪米の目的の1つは、英国に関税を課さないようにトランプ大統領を説得することだった。トランプ大統領は26日に欧州連合(EU)からの輸入品に25%の関税を課す方針を示唆したばかりで、27日にもカナダ・メキシコと国境警備の強化などで合意したにもかかわらず、両国に対する25%の関税を予定通り3月4日に発動することを表明した。首脳会談後の記者会見でトランプ大統領は「米英間の貿易関係が公平でバランスの取れたものである」と発言し、英国との間で関税が必要のない貿易協定の締結に向けて協議を進めることを示唆した。両国は人工知能(AI)技術を中核とした経済協定の策定にも着手する。英国はブレグジット後に米国との貿易協定の締結を目指したが、食品安全基準の観点から、塩素処理をした鶏肉やホルモン剤を注入した牛肉の輸入を禁止していることなどが障害となり、暗礁に乗り上げていた。

英国と米国はチャゴス諸島に共同軍事基地を持つため、主権譲渡には米国の理解と事前承認が必要となる。モーリシャスは1968年に英国から独立後、チャゴス諸島の領有を主張してきた。英国は昨年10月、チャゴス諸島の主権をモーリシャスに譲渡することを発表した。主権譲渡後も99年間は英国が基地の運営権を維持することで合意していた。当初、トランプ大統領の就任前に条約を締結する予定で、バイデン前大統領は合意を承認していたが、昨年11月の総選挙でモーリシャスの政権交代があったこともあり、条約締結が大統領交代後に先送りされていた。モーリシャスは中国との関係も深く、チャゴス諸島の主権譲渡が安全保障上の脅威を招く恐れがあるとの声も米政権内の一部で浮上していた。米国が計画に反対する可能性もあったが、トランプ大統領は「うまくいきそうな予感がある」と発言し、主権譲渡計画を米国政府内で検討を進めると回答した。

訪英したゼレンスキー氏を抱擁

他方で、スターマー首相にとって、もう1つの訪米の目的であったウクライナの安全保障での米国の後ろ盾を得ることはできなかった。スターマー首相はロシアとウクライナの停戦実現後の平和維持を念頭にウクライナに英軍を派兵する可能性を示唆しているが、ロシアが停戦合意を破ることを防ぐためには米国の後ろ盾が不可欠であると主張してきた。首脳会談では「米英両国が防衛上の第一のパートナーであり続ける」ことを確認したが、トランプ大統領は「希少鉱物へのアクセスを巡るウクライナとの合意案こそが同国の長期的安全の後ろ盾になる」とし、欧州の平和維持活動を米国が支援するかどうかの明言を避けた。

その後の報道にある通り、スターマー首相の訪米翌日に行われたトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談は、両者が記者団の前で激しく口論する異例の展開となり、決裂して終わった。ウクライナの停戦合意に黄信号が灯るなか、スターマー首相は3月1日に訪英したゼレンスキー大統領を抱擁で出迎え、英国が今後もウクライナを支援し続けることを約束した。スターマー首相は翌2日にロンドンで開かれたウクライナの和平を協議する欧州首脳等による会合を主催。英仏などがウクライナとともに、ウクライナの戦争終結と和平実現に向けた計画案を策定することで合意した。計画案では、ウクライナでの戦闘終結後、英仏などの有志国連合が平和維持部隊を派遣する。スターマー氏は計画案がまとまり次第、トランプ大統領にも米国の協力を要請するとしている。