(ブルームバーグ):1年余りにわたり、コートニー・ギボンズ氏は人工知能(AI)の数学的基礎の探究に専念していた。それは、対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」の次のモデルに役立つまでは注目されることがなさそうな難解な研究だ。
しかし、技術研究と投資の要となってきた連邦機関の全米科学財団(NSF)では2月、ギボンズ氏を含む170人が解雇された。その多くは試用期間中のスタッフや、ギボンズ氏のようにAIの専門知識を持つ人材として過去2年間に厳選されたパートタイムの専門家だった。ブルームバーグが確認した文書によると、解雇された従業員の約4分の1は、AI研究で中心的な役割を果たすグループに所属していた。
トランプ政権が推し進めるレイオフの波と迫り来る予算削減が相まって、米国の競争力維持に必要な規模でNSFがAI研究を継続できるかどうかが危ぶまれていると、業界ウォッチャーやNSFの現・元職員は指摘する。こうした動きは、業界最先端の企業に人材を供給するパイプラインを断ち切り、AIの主導権を中国に譲り渡す危険性をはらんでいる。トランプ大統領は規制緩和を軸として米国のAI優位性の強化を優先課題としている。
戦略国際問題研究所のワドワニAIセンターでディレクターを務めるグレゴリー・アレン氏は、「これはトランプ政権の他の優先事項と真っ向から矛盾している」と指摘。「米国のAI企業で高度な学位を持つ従業員のほぼ全員が、キャリアのいずれかの時点でNSFの資金提供を受けた研究に関わっている。こうした助成金の削減は現在を支払って未来を奪うようなものだ」と述べた。
NSFは3日、試用期間中の従業員の一斉解雇は違法だとする裁判所の判断に従い、84人を復職させると発表。ただNSFによると、専門家は復職対象者には含まれない。
NSFの広報担当者は以前、ブルームバーグ・ニュースに対し、「現行の大統領令に準拠するために、プロジェクトやプログラム、活動の包括的な見直しを迅速に実施している」と語っていた。ホワイトハウスの広報担当者はコメントを控えた。

NSF内で影響を受けた部署のひとつが技術・イノベーション・パートナーシップ局だ。2022年の米CHIPS・科学法の一環として設立され、機械学習やロボット、先進製造に焦点を当てた助成金を集中させる重要な役割を担っていた。助成金は24年に30%削減され、6億1790万ドルとなった。現在、レイオフにより、NSF内で助成金の授与を確実に実行できる人材が減少している。
現職および元職員によると、レイオフは、元々能力の限界で活動していたAIに重点を置くグループに打撃を与えた。その結果、多くの審査委員会が延期または中止され、一部のAIプロジェクトへの資金提供が滞っている。すでに承認された研究者や機関も、今後数カ月にわたって誰がプロジェクトを指導するのかが不透明な状態となっている。そして今、さらなる予算削減の恐怖が全米の学術界に覆いかぶさっている。
連邦支出の削減を目的としてトランプ大統領とイーロン・マスク氏が発案した新組織「政府効率化省(DOGE)」はNSFを含む各機関に対し、3月13日までに最大50%の人員削減につながる追加削減案を提示するよう求めた。 一方、議会では一部の共和党議員がさらに大幅な削減を狙っている。
米国のイノベーションの原動力
1950年に設立されたNSFは、長年にわたり米国のイノベーションの静かな原動力となってきた。ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン両氏が開発したアルゴリズム「ページランク」の背景にある技術は、NSFが資金提供したプロジェクトから生まれた。このアルゴリズムはデジタル情報の分類に役立ち、グーグルの基盤となった。
生成AIがチャットGPTの発表により主流となる何年も前から、NSFはAIチャットボットの基盤技術の基礎固めも支援していた。
元NSFスタッフでニューヨークのハミルトン・カレッジの教授であるギボンズ氏はNSFについて「最も本格的なAI研究の多くが行われている場所だ」と指摘。「ニューラルネットワーク(神経回路網)が一種の狂気のように考えられていた時代に、その研究はこのグループから出てきた」と述べた。

AIの競争力に関する話題の多くは現在、最先端のAIシステムを構築している米企業、例えばオープンAIやアルファベット傘下のグーグルなどに集中している。しかし、NSFが資金提供しているプログラムは長年にわたり、米国のテクノロジー大手が人材を確保する上で肥沃(ひよく)な土壌となってきたと、ルネサンス・フィランソロピーのクマール・ガルグ氏は述べた。ルネサンスは科学や技術、イノベーションプロジェクトと富裕層個人や財団を結びつける非営利の諮問機関。
NSFの予算削減は深刻だが、これは米国の国内総生産(GDP)に占める公的研究投資の割合が長期的に減少していることの延長線上にある。オバマ政権下で科学技術局に勤務していたガルグ氏は「民間による研究開発がその落ち込みの一部を補っているが、それだけでは十分ではない。中国は逆の方向に向かっている」と語った。
NSFの予算削減から数日後、メタ・プラットフォームズのチーフAIサイエンティストであるヤン・ルカン氏はリンクトインへの投稿で、「米国は公的研究資金制度を破壊するつもりのようだ」と述べた。テクノロジー業界では、他のほとんどのリーダーは沈黙を守っている。
原題:Trump’s Funding Cuts Threaten America’s AI Competitiveness(抜粋)
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