米トランプ政権は関税を材料にディール(取引)を持ち掛けるなどけん制を強める姿勢をみせる。政権発足直後から不法移民対策を強化するなか、南米コロンビアが送還者の受け入れを拒否する動きをみせた。これを受けて、トランプ氏は26日にコロンビアからのすべての輸入品に25%の追加関税を課し、1週間後に50%に引き上げる方針を明らかにした。なお、コロンビアにとって米国は最大の輸出相手であり、2022年に左派のペトロ政権が発足した後も米国経済への依存度を強めてきた。ペトロ政権も米国からのすべての輸入品に25%の関税を課す報復措置に動く方針を示すが、輸出、物価の両面で悪影響は必至とみられる。他方、近年は中国との関係が深化する背後で中国からの輸入が拡大しており、米国との関係悪化を受けて中国との関係深化が一段と進むことも予想される。ただし、インフレは中銀目標を上回る推移が続くなか、通貨ペソ相場を巡る懸念も中銀の政策の手足を縛るなど難しい対応を迫られることは避けられない。
米トランプ大統領を巡っては、政権を担っていた頃に加え、昨年の大統領選の最中から「タリフマン(関税男)」と自称するとともに、関税賦課を材料に『ディール(取引)』を持ち掛けるなどけん制を仕掛ける考えをみせてきた。トランプ氏は、今月の就任早々に多数の大統領令に署名し、公約に掲げた政策の実現を後押ししており、不法移民の流入阻止を目的とする南部の国境地帯に国家非常事態宣言の発令のほか、不法移民への取り締まりなど不法移民対策を強化する動きをみせる。また、拘束した不法移民の強制退去には軍の輸送機を用いて国外に移送するなどの対応をみせている。
こうしたなか、移民発生国のひとつである南米コロンビアでは、ペトロ大統領が米トランプ政権による不法移民の強制送還に関連して移民の尊厳が奪われていると批判した上で、移民を輸送する米国の航空機の着陸を拒否する対応をみせた。ペトロ氏の批判を巡っては、隣国ブラジルが米国からの送還者が搭乗した専用機を受け入れた際、送還者が手錠や鎖に繋がれるなど『不当な扱い』を受けたことについてブラジル政府が米政府に説明を求めたことに端を発しており、自身のSNSで「犯罪者のように扱うべきではない」と指摘した上で、民間航空機での移民送還を受け入れる考えをみせていた。
しかし、トランプ氏はペトロ氏の対応について「米国の安全を脅かしている」と指摘した上で、26日にコロンビアからのすべての輸入品に25%の追加関税を課すとともに、政府当局者に対する渡航禁止やビザ(査証)取り消し、緊急金融制裁のほか、コロンビア国民やコロンビアからの貨物に対する国境検査強化を指示する方針を明らかにした。さらに、トランプ氏は追加関税の税率について1週間後には25%から50%に引き上げるとしており、関税賦課を材料にしたディールを仕掛けている動きを強めている。
なお、トランプ氏が強硬策に動いている背景には、コロンビアにおいては歴代の右派、及び中道右派政権の下で米国との関係が深かったものの、2022年に行われた大統領選を経て同国初の左派政権となるペトロ政権が発足し、ここ数年に亘って中南米諸国において広がりをみせる『ピンクの潮流』と称される動きが伝統的な親米国である同国にも及んだことも影響している。バイデン前政権の頃には、両国間で決定的な対立が生じる事態は避けられるとともに、その後もコロンビアにとって米国が最大の輸出相手であり続けてきたほか、近年の中南米諸国においては中国向け輸出が拡大するなど中国経済との深化が進む動きがみられるにも拘らず、足下においても輸出に占める米国向け比率が拡大するなど、米国経済への依存度を高めてきた。
よって、今回トランプ氏が主張するコロンビアからのすべての輸入品に25%の追加関税を賦課した場合、マクロ面ではコロンビア経済を▲0.9pt程度、仮に50%に引き上げられれば▲1.8pt程度下押しすると試算されるなど、景気に悪影響が出ることが予想される。また、トランプ氏の主張を受けて、ペトロ氏も26日に米国からのすべての輸入品に25%の報復関税を課す方針を明らかにしており、コロンビアの輸入品のうち4分の1を米国からの輸入が占めることを勘案すれば、物価を押し上げるなど副作用が生じることが見込まれる。
コロンビアでは、一昨年以降にインフレは頭打ちの動きを強めてきたものの、依然として中銀目標を上回る水準で推移するとともに、足下では底打ちの兆しがみられてきたこともあり、一転して底入れの動きを強める事態も予想される。他方、コロンビアの輸出に占める中国向け比率は依然5%程度に留まる一方、輸入に占める中国からの割合は25%弱と米国に匹敵する水準に拡大しており、米トランプ政権との関係悪化を受けて関係深化の動きが急速に進む事態も考えられる。
このところの国際金融市場においては、米トランプ政権による政策運営を警戒して米ドル高が進む一方、関税政策を巡って姿勢が和らぐとの期待を受けて米ドル高の動きに一服感が出ていたものの、コロンビアへの追加関税賦課をきっかけに再び関税政策に対する警戒感が強まることは避けられない。ペソ相場もこうした市場環境に揺さぶられると見込まれるとともに、中銀は一昨年末以降にインフレ鈍化を好感する形で断続的に累計375bpの利下げに動いてきたものの、先行きについてはそのハードルが高まることも見込まれる。米トランプ政権の一挙一動が世界経済を揺さぶる展開となることは不可避である。


(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 西濵 徹)