中国貿易はどうなるか?
さらに、中国貿易はどうなるかを考えたい。仮に、中国だけにトランプ氏が60%の追加関税をかけたとき、米国の貿易赤字は減るのだろうか。
例えば、中国製の玩具が1.6倍の価格に高騰したとしよう。
そのときは、米国メーカーが国産で製造するのではなく、例えばベトナム等からの輸入が増えるだろう。
米国全体の貿易赤字は減らない。
つまり、中国と米国の間での相対価格が変わっても、ベトナムが有利になるだけに終わる。
前にも述べたが、アブソープション・アプローチの教えるところでは、米国の需要超過が不変であれば貿易赤字も不変である。
もしも、米国が貿易赤字を減らしたいと考えるのならば、全世界からの輸入に、中国やカナダ・メキシコと同率の高関税率をかけて、さらに国内の輸入代替産業に補助金を与えて、安値の製品供給を増やさなくてはいけない(財政緊縮はしない)。
その点、前述のようにトランプ氏は米国内に進出する外資系企業を優遇すると言っている。
理屈上はそうやって整合性を取っている。うまく国内供給が増えれば、需給ギャップは拡大せず、貿易赤字の拡大に歯止めをかけられる。
しかし、トランプ政策のリスクとしては、そうした国内供給の強化がスピーディにはできない公算が高い。
やはり、財政赤字の拡大によって、需要超過がさらに進む可能性がある。
これは、インフレ加速を促し、ドル高円安を招く。
ドル高になれば高関税をかけても、輸入が促進されて貿易赤字も減りにくい(相手国の報復関税の効果も加わる)。
また、米国から海外に輸出する側の米国企業にとっても、あまりにドル高になると、輸出価格が高くなって輸出数量を押し下げる効果がある。
過去のドル高が産業空洞化を促した経緯もあった。
これも、貿易収支を悪化させる要因だ。
日本への影響
もしも、中国やカナダ・メキシコに高関税がかけられて、日本にはそうした措置が行われない(または非常に低い関税率適用)場合はどうなるだろうか。
日本には、相対価格の変化が有利に傾いて、対米貿易黒字は増えるだろう。
これは、アブソープション・アプローチで米国の需要超過が膨らみ、製品需要が中国やカナダ・メキシコから日本への供給シフトが進むケースである。
もちろん、個々の産業でみれば、該当国の海外工場が高関税で打撃を受けたり、EV補助金がなくなるのが不利に働いて、EV車輸出が減るような影響は出るだろう。
その一方で、中国製品の価格競争力が落ちて、日本製品の方が有利になる効果(代替効果)を穴埋めして、輸出数量が増えることは起こり得るだろう。場合によっては、トランプ政策は、日本の輸出数量を増やす結果をもたらすかもしれない。
残される問題は、日本経済全体の購買力循環である。
日本全体では、円安が進むから輸入物価が上がって、消費者の生活は苦しくなる。
輸出企業が米国から儲けた部分を家計に賃上げで還元しなくては、購買力全体が国内に回っていかない。
そして、中小企業の中には、輸出企業が享受した恩恵から遠い位置にいる企業も多いから、自ずと業績格差が広がる。
賃金格差が広がったままだという見立てもできる。
そう考えると、トランプ時代に移行する2025年は、2023・2024年に課題とされた好循環を働かせるということが同じような宿題になるだろう。
さらなる円安圧力に対して、賃金分配の裾野を広げるという課題でもある。
(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生)