審理の行方に注目 憲法裁判事の人事を巡り混乱が生じる可能性も
韓国において大統領に対する弾劾訴追案が可決されたのは、2004年の廬武鉉(ノ・ムヒョン)氏(後に弾劾棄却)、2016年の朴槿恵(パク・クネ)氏(後に弾劾確定)に次ぐ3例目となる。仮に憲法裁判所において弾劾が確定すれば、尹大統領は即日失職するとともに、向こう60日以内に次期大統領選が実施される。しかし現行憲法では弾劾された大統領の罷免には判事6人による支持が必要となる(第113条)一方、憲法裁の定員9人のうち現在は3人が空席であり、尹氏の罷免には現職の判事全員が賛成する必要がある。
仮に空席となっている判事を任命するには国会における手続きが必要となるものの、現時点で与野党はその人事を巡って合意に至っておらず、多数派を占める野党は早期に判事の指名を行う方針を示している。また、現在の6人の判事のうち2名は来年4月に任期満了を迎える予定であるため、審理が想定される180日に近付けば人事面で新たな問題が生じる可能性がある一方、そうした事態を回避すべく早期に結審させることも考えられる。とはいえ、尹氏は徹底抗戦の意向を明らかにしており、そうなれば審理が長期化し、人事面での混乱によって審理そのものが混乱していくことも予想される。
よって、当面は憲法裁判所による弾劾審理の行方と、それに付随する憲法裁判事の人事の行方に注目する必要がある。他方、仮に尹大統領に対する弾劾が可決された場合においても、共に民主党の李代表も5件の罪状で刑事訴追されており、仮に有罪判決が確定した場合には公民権が停止されるとともに、次期大統領選への出馬が困難になるなどその裁判スケジュールの行方にも注意を払う必要がある。
その意味では、尹大統領に対する弾劾が可決した場合においても、そのことが政治的な混乱の収束に繋がるかは極めて見通しが立ちにくい状況にあると捉えられるほか、結果的にその後に法廷闘争などによる新たな混乱が待ち受けている可能性も考えられる。
金融市場は混乱長期化を懸念 日本は情勢に注視しつつ毅然とした対応を
金融市場においては、政治的な混乱の長期化を見据えて通貨ウォン相場は折からの米ドル高の動きも相俟って調整の動きを強めているほか、朝鮮半島情勢を巡る不透明感や左派の台頭に伴う経済政策の不透明感も嫌気される形で頭打ちの動きを強めている。
韓国の政治を巡っては、時に『情』が『理』を超越する形で影響を与える動きがみられるが、そうした動きが東アジア情勢や日本との関係などに与える影響についても注視しつつ、日本として毅然とした対応を取ることが求められる。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 西濵 徹)