(ブルームバーグ):米国はこれまでの歴史の大部分において輸入品に重い関税を課してきた。だが、政府の指導者たちが1930年代以降、自由貿易の考え方を受け入れたため、この政策をほとんど放棄した。関税はトランプ政権1期目の2017-21年に復活。米国の製造業を活性化させ、米国が不公正と見なす中国の貿易慣行に対抗するためにトランプ氏は関税に目を向けた。後任のバイデン大統領はこの流れを引き継いだ。
トランプ次期大統領は、2期目の任期中に関税を米国の経済政策の中心に戻すと公約している。関税を広範に引き上げるというトランプ氏の計画を巡り、関税が経済的ライバルに対抗するための貴重な手段なのか、それとも逆効果になりかねない政策的武器なのかについて議論が再燃している。
トランプ氏は関税で何をしたいのか?
トランプ氏は中国からの輸入品に60%、その他の国・地域からの輸入品には20%の関税を賦課することを提案している。米国は現在、一部の品目に対してこの範囲もしくはそれを上回る関税を課しているが、全面的にこのレベルの関税を課すことは極端な動きとなる。
米通商代表部(USTR)によれば、米国の物品輸入額の94%を占める工業製品輸入の貿易加重平均関税率は現在2%だ。この数字は輸入総額を関税収入総額で割って算出される。工業製品の半分は無関税で米国に輸入されている。ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の分析によると、トランプ氏の関税案は米国の平均関税率を「20世紀初頭以来の水準」に引き上げるという。
トランプ氏は今月25日、さらに踏み込んで、不法な麻薬輸送や不法移民を止めなければ、中国からの輸入品に10%の追加関税を課し、メキシコとカナダからの全ての製品に25%の関税を賦課すると表明した。このコメントは世界市場を揺るがし、カナダ・ドルは4年ぶりの安値を付けた。メキシコ・ペソは2022年以来の安値に迫り、中国人民元はオフショア市場で値を下げた。
トランプ氏は議会の承認なしで関税率を引き上げることができるか?
それは可能だ。ただ場合によっては、まず大統領に報告する連邦機関の一つが正式な認定を下す必要がある。議会は多くの法令を通じて、さまざまな懸念に対処するために関税を修正する権限を大統領に与えている。これには、国家安全保障への脅威、戦争や緊急事態、米国産業への損害や潜在的損害、外国による不公正な貿易慣行などが含まれる。
ワシントンを拠点とするシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)が掲載した元USTR法務顧問ウォーレン・マルヤマ氏共同執筆の解説によれば、企業は法廷で関税引き上げに対抗しようとするかもしれないが、過去に大統領の権限が尊重された経緯があるため、そのような挑戦は「険しく困難な状況に直面するだろう」という。
関税はどのように機能するか?
関税は通常、通関手続き中に申告された商品価値のパーセンテージとして計算される。また、各品目に対して一定額を課すこともできる。国境を越える商品には、「国際統一システム」と呼ばれる標準化された一覧表の下で、数字コードが付与される。関税は例えばトラックのシャシーに関連する特定の製品コードに割り当てることも、電気自動車(EV)のような大まかなカテゴリーに割り当てることもできる。税関が関税を徴収する。
誰が関税を支払うか?
関税は輸入業者または輸入業者に代わって仲介業者が支払うが、そのコストは一般的に転嫁される。トランプ氏は最終的に関税を負担するのは輸出側だと主張している。調査によると、負担はもっと分散している。製品を製造する外国企業は、輸入業者への譲歩として価格引き下げを決定するかもしれない。
あるいは、関税を回避するために多額の費用をかけてどこかに工場を建設するかもしれない。あるいは輸入業者(米国ではウォルマートやターゲットが最大手だ)が、その商品を販売する際に値上げする可能性もある。この場合、関税コストを間接的に負担するのは消費者だ。

関税に関する見解は米国でどのように変化したか?
米国初の関税は全輸入品への5%の課税というもので、ジョージ・ワシントン大統領が1789年に署名した。その主な目的は創設間もない政府の歳入を増やすとともに、農業に大きく依存していた同国経済を多様化する方法として、外国との競争から新興製造業を保護することだった。
1900年ごろまで、関税は連邦政府の歳入の半分余りを占めていた。他の種類の税金がその代わりを果たすにつれ、関税は必要不可欠なものではなくなっていった。近年関税が引き上げられたとはいえ、現在の関税は政府収入のごく一部だ。さらに、関税は有害であると見なされるようになった。
1930年のスムート・ホーリー法の影響は、関税反対の教科書的事例となった。この法律は当初、米国の農家を保護することを目的としていたが、他の産業が関税適用を働きかけたため、適用範囲が拡大された。貿易史家のダグラス・アーウィン氏の論文によれば、この法律によって輸入関税率は平均約20%上昇した。同法は外国政府の報復関税を誘発し、世界貿易の落ち込みと世界恐慌の深刻化につながった。
フランクリン・ルーズベルト大統領は34年、互恵通商協定法に署名し、国際貿易の強化が米国経済を活性化させるという信念の下、新たな関税引き下げパターンを開始した。この法律は、国家間の貿易障壁を撤廃することを目的とした一連の協定である47年の関税貿易一般協定(GATT)のお膳立てをすることとなった。第2次世界大戦後のこの時代、西側諸国の間で自由貿易が支持された背景には、貿易相手国が互いに戦争をしにくくなるという信念があった。
GATTは95年に設立された世界貿易機関(WTO)の前身だ。ジュネーブに本部を置くWTOには166カ国・地域が加盟し、世界貿易の98%を占めている。WTOの全体的な目標は貿易障壁の削減だが、例えば大量の製品が市場に「ダンピング(不当廉売)」された場合や、国家補助金によって商品が生産された場合などには、WTO規則によって関税を課すことができる。
中国はどのような位置にあるか?
自由貿易に対する信念は米国内の超党派のコンセンサスと、安価で効率的な外国のサプライチェーンへのアクセスを求める多国籍企業によって長年支えられていた。しかし、中国が世界的な経済大国として台頭してきたことでこのコンセンサスは崩れた。
2001年にWTOに加盟した中国は、自国の産業に補助金を提供したり、中国に進出している外国企業にノウハウの供与を強要したりするなど、自由貿易ルールの文言と精神に違反していると批判されながらも、世界市場へのアクセスを拡大した。多くの研究者が、輸入急増に直面した米製造業の間で中国との競争が雇用減少の引き金になったと結論付けている。
トランプ氏は政権1期目の18年と19年に約3800億ドル(現行レートで約57兆円)相当の中国からの輸入品に新たな関税を課した。バイデン政権はこれらの関税を維持し、24年にはさらに180億ドル相当の商品に対してさらに関税を引き上げた。関税への新たな積極姿勢は欧州連合(EU)にも広がっている。EUは10月初め、中国製EVに最高45%の関税を課すことを決定した。中国は欧州製品に報復するとしている。
トランプ氏は今年の選挙戦で、全面的な関税には国内産業を守る以上のメリットがあると主張した。具体的には、米財務省に多額の歳入をもたらし、米国内で商品を生産していない企業に生産を促し、米国は同盟国からもライバル国からも譲歩を引き出すことができるというものだ。
今回の選挙で民主党大統領候補だったハリス副大統領は、トランプ氏が提案した関税引き上げは消費者を苦しめることになると批判した。ハリス氏は貿易に関する自身の政策課題を明言しなかった。
関税引き上げは米国にどのような影響を与えてきたか?
関税の経済効果を整理するのは難しい。関税は企業が課税国に工場を移転することで関税を回避しようとするため、投資を誘致して雇用を刺激する可能性がある。同時に、報復関税を誘発し、経済の他の部分で雇用を犠牲にすることもある。
関税の潜在的な問題の一つは、新たな関税の対象となる商品の国内需要を満たすために、国内の製造業者が必ずしも参入してくるとは限らないという点だ。また、関税を課す国に代替となる国内供給がない場合、その商品の価格が上昇する可能性がある。
エコノミストらは、トランプ政権1期目の関税賦課がインフレにもたらした影響と、米中貿易戦争がスタートして間もなく始まったサプライチェーンと経済活動へのもっと大きな衝撃、すなわち新型コロナウイルス禍との関連性をまだ解明しようとしている。
サンフランシスコ連銀は19年2月、関税が消費者物価上昇率に0.1ポイント、企業の投資コストを測る指標に0.4ポイントを上乗せしているとの推計を示した。超党派のタックス・ファウンデーションのシニアエコノミスト、エリカ・ヨーク氏は、トランプ、バイデン両政権の関税引き上げにより、米家計の年間コストは625ドル増加したと推計している。
ヨーク氏はさらに、関税引き上げによって14万2000人の正規雇用が失われ、長期的には国内総生産(GDP)を平均0.2%押し下げると推計した。トランプ氏が提案するさらなる大幅な関税引き上げを批判する人々は、それが一段と大きな規模で同じような影響を及ぼすだろうと指摘している。
原題:What Trump’s New Tariff Push Means for the Economy: QuickTake(抜粋)
--取材協力:Matthew Boesler.
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