本丸は社会保険料の壁

本人の手取り収入に大きな段差ができる問題は、むしろ社会保険料の方にある。事業所規模51人以上であれば、年収106万円になると自らが厚生年金保険料・健康保険料を支払わなくてはいけなくなる。厚生年金保険料率は9.15%(労使それぞれ)である。協会けんぽの人ならば健康保険料5%(同)になる。この場合は合計14.15%になる。もしも、年収106万円になれば、一気にこの14.15%がかかってくる。計算すると、保険料負担149,990円(=106万円×14.15%)になり、手取り年収は一気に91万円(=106万円-15万円)程度まで落ち込む。まさしく、ここに崖がある。手取りが年収106万円を超えていくのは、年収が123.5万円以上となってしまう。この段差があるから、「働き控え」が起こる。このデータをみれば、いわゆる「年収の壁」問題は、税の壁よりも、社会保険料の壁の方がずっと大きな問題であることがわかる。

注意すべきは、この社会保険料の壁が配偶者の働き控えにも大きく関与している点だ。社会保険料の方は、今、話題になっている「扶養控除の壁」のみならず、配偶者問題にも絡んでいるのだ。例えば、配偶者控除の適用者が772.2万人もいるのに、配偶者特別控除の適用者は122.2万人しかいない。103万円の壁が配偶者特別控除でなくなっても、実際に配偶者特別控除を使う人が少ないのは、そこに社会保険料の壁がそびえ立つからだ。社会保障制度がスカートの裾を踏んでいるために、配偶者は働きたくても働きにくい環境になっている。「年収の壁」の本丸は、社会保険料の壁なのだ。

これに対して、厚生労働省が検討しているのは、(1)社会保険の加入基準から年収基準などを外すこと、(2)労使折半になっている保険料負担を企業側に大幅にシフトさせるという代替案、である。もっとも、筆者はこの2つには次のような大きな課題があると考える。

緩和に見えても基準強化

従来、106万円の壁に引っかかるのは、①従業員51人以上の事業所であり、②週20時間以上の労働時間、③学生以外、④年収106万円(月収8.8万円)以上、という条件のいずれかに該当する人であった。この条件を②と③に絞り、④の年収基準と①の事業所規模の基準をなくす。一見、年収の壁がなくなってよかったかに思えるが、ポイントは従来の「いずれか」の条件に当てはまれば、社会保険料を自分で負担しなくてもよいという緩い条件がなくなる点だ。見直しで基準は厳しくなってしまう。学生以外で週20時間以上という基準に絞られると、①~④のいずれかに当てはまる現状よりは、必ず厳しくなるということだ。筆者は、「これでは、緩和ではなく実体は強化ではないか!」という声を聞いた。

そうすると、今度は週20時間以内に労働時間を抑えようとする人が多くなることは目に見えている。「働き控え」自体はなくならない。これは、当たり前のことで、基準が厳しくなる分、その基準から逃れたいという人が増えてしまうのだ。厚生労働省の調べでは、週20時間以上働くパート労働者は360万人(学生以外)とされる。年収106万円未満で従業員50人以下だった200万人程度が、新たな対象者として加わると言われる。かなり多くの人数が労働時間を週20時間未満に引き下げることが心配される。総務省「労働力調査」では、2023年の就業時間が週20~24時間の非正規労働者は15.1%(推計552万人)居るとされる。働き控えが起こるとすれば、その影響はかなり大きいことが推察される。中小企業の労働力不足に拍車をかけることになりかねない。

そのことへの改善策としては、基準を週20時間→週30時間にすれば、相当に条件を緩和できるはずだ。税や社会保険料の壁について議論する政治家の人たちには、こうした細かい点にも気を配ってほしい。