イタリア北部ミラノの小さな皮革店だったプラダを190億ドル(約2兆9000億円)規模の高級ブランド帝国に育て上げた創業家出身のミウッチャ・プラダ氏と夫のパトリツィオ・ベルテッリ氏は、同社の将来を確実にする長期的な道のりの第一歩を踏み出した。

両氏の長男であるロレンツォ・ベルテッリ氏は、マーケティングやサステナビリティー部門を率いて日常業務の経験を積み、重要な持ち株もすでに手にしている。

プラダのようなイタリアの同族企業にとって、後継者問題は極めて重要だが、特に深く関与し続ける創業者らが行動を起こすのは珍しい。

だが、ミウッチャ氏(76)とパトリツィオ氏(78)は、プラダが独立性を維持できるような形で経営権を譲る意向だ。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンやケリングなど複数のブランドを展開する大手が支配する高級ブランド業界では、これは大きな挑戦となる。

パトリツィオ・ベルテッリ氏(左)とミウッチャ・プラダ氏(2022年、ベネチアで)

イタリアでは、世界的な大企業によるブランド買収が相次いでいる。フェンディやロロ・ピアーナを保有するLVMHは最近、モンクレールを支配する企業の株式を取得した。LVMHが支援するファンドのLキャタルトンは靴メーカー、トッズの非公開化の際に中心的な役割を果たした。また、グッチやボッテガ・ヴェネタを所有するケリングは、ヴァレンティノの経営権を獲得するオプションを持っている。

パトリツィオ氏によれば、世界で販売される高級品の約80%がイタリアの工房や工場を経由しているにもかかわらず、意思決定はパリやロンドン、ニューヨークに移り、イタリアにとってのリスクは軽視されつつある。ブランドを支える一族にとって、それは経営権と名声を失うことを意味する。

イタリアでの届け出によると、社内で 「ラ・シニョーラ」と呼ばれるミウッチャ氏はそうした運命からプラダを守るため、主要事業体の持ち分ほぼ全ての所有権を先手を打って譲渡。ミウッチャ氏は議決権を保持しながらも、ロレンツォ氏(36)には自身の持ち株会社Ludoの50.5%分が与えられた。残りは現時点でファミリービジネスで働く予定がないロレンツォ氏の弟ジュリオ氏が手にした。

一方、イタリアでの届け出によれば、パトリツィオ氏は今のところ同じような動きを見せておらず、自身の投資ビークルの支配権を全て握っている。だが、これでロレンツォ氏の立場が変わるわけではない。プラダの産業拡大の立役者であるパトリツィオ氏は、今回の動きを強く支持している。

ブルームバーグとの2021年のインタビューでは、ロレンツォ氏がグループのかじをいつ取るのかは同氏次第だとパトリツィオ氏は指摘。当時は3年以内に引き継ぐことができるとも述べていた。

ジュリオ・ベルテッリ氏

この所有権移転で、元ラリードライバーのロレンツォ氏はプラダの80%を握る一族の持ち株会社の最大株式を保有することになり、プラダにおける同氏の役割の拡大が裏付けられる。ロレンツォ氏の肩書には、チーフマーケティングオフィサー(CMO)や企業の社会的責任(CSR)のトップ、エグゼクティブディレクターなどがある。

ロレンツォ氏は数年前、ファミリービジネスで働く覚悟はあると両親に話していたが、グループをうまく率いるのは容易ではないだろう。当たり外れが大きい高級ブランドの世界では、プラダが描いてきたストーリーにとって次の段階がより大きな波乱となる可能性もある。ミウッチャ氏がプラダを世界的なセンセーションに押し上げることができた環境はもはや存在しない。

規模が重要に

長らく高級品ブームをけん引してきた中国の需要は低迷している。さらに、規模がますます重要になっている。プラダのような小規模ブランドは、グローバル大手との競争で必要となる投資で後れを取らないようにするのに苦労しており、ミラノやニューヨーク、上海の高級ショッピングストリートの一等地は、適切なコレクションを持つことと同じくらい重大になっている。

プラダと一族の持ち株会社は最近、ニューヨークのプレゼンス強化に向けて8億ドル超を投じて五番街でビル2棟を取得した。これは改装費前の金額であり、23年の売上高が47億ユーロ(約7730億円)と、LVMHの860億ユーロ超に比べると見劣りするプラダにとっては大きな事業だ。

ニューヨーク五番街724にあるプラダの店舗

それでも、ミウッチャ氏の祖父が1913年にミラノで創業したプラダは、多くの競合他社よりも中国の高級品危機をうまく乗り切っている。香港に上場する同社の株価は年初来で30%近く上昇。一方、ケリング株は同期間で40%余り下落し、LVMHも約18%下げている。

イタリアではプラダのような動きは珍しい。60年代から70年代にかけての好景気時に、多くの地元企業が設立された。ジョルジオ・アルマーニ氏のように、90歳代の創業者もいる。レイバンのオーナーであるエシロールルックスオティカの創業者、レオナルド・デルベッキオ氏は22年に死去し、2年を経た今も後継者問題で相続人の意見が割れている。

多くのビジネスファミリーでは、次世代への承継に関する話し合いがタブー視され、後継者は十分な準備ができず、お家騒動への扉が開かれる。自動車メーカー、フィアットの創業家アニェッリ家の当主ジョン・エルカン氏は母マルゲリータ・アニェッリ氏といまだに法廷で争っている。一方、ミウッチャ、パトリツィオ両氏は「プラダらしさ」での生き残りに熱心だ。

ミウッチャ氏がミラノ中心部の店舗を引き継いだ際、同氏がファッション界の巨匠になるとは見込まれていなかった。60年代に熱心な左派で、フェミニスト活動家だったミウッチャ氏は、自身が恩恵を受けてきた伝統を打ち破った。こうした因習打破が、80年代のプラダ・ナイロン製バックパックのような革新的な製品の開発につながった。「アグリーシック」なコレクションでミウッチャ氏は世界で最も影響力のあるデザイナーの一人になった。

ミウッチャ氏はまた、若者文化とのつながりを維持するため、いつどのように権限を譲り、協調すべきかを心得ている。プラダの今後にとって、その新鮮さを保つことが鍵となるだろう。

米国のデザイナー、マーク・ジェイコブス氏はミウッチャ氏について、「自分の感性を反映しつつ、世代が若い人たちとの仕事を選択するのが非常に上手だ」と述べた。

原題:Prada Family Has a Plan in Place to Avoid Succession Drama(抜粋)

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