弟の餓死、母の放浪…幼少期の極貧生活

鉛筆画家 木下晋さん
「あの山越えなきゃ、俺の人生ないんだみたいな。オラ東京さ行くだみたいなさ。そういう意識はみんなあるんじゃないですか」

記者
「この生活から抜け出したいみたいな?」

鉛筆画家 木下晋さん
「まあ、そういうことがあっただろうしね」

日本の敗戦から2年後、1947年生まれの木下さん。3歳で家が火事となり、呉羽山山麓の竹やぶで生活することになりました。

鉛筆画家 木下晋さん
「60年以上経ってるから、道なき道になっちゃってるね」

「唯一家の目印はここだったんです。この杉の木、これだったんですよ」「単なる竹やぶの番小屋ですから、人は住めないような状態だったですね、当時でも」

木下さん一家が住まいとしたのは竹やぶにあった番小屋。

貧しさに耐え切れず母は兄を連れて放浪に出ていき、1歳だった弟は餓死しました。

鉛筆画家 木下晋さん
「(弟が)餓死するんですね、そりゃ死にますよ、そんな生活しとったら。まともに飯なんか食えないですよね、おやじだって失業中だから、お金がないじゃないですか」