「爆撃受けて死ぬんじゃないか」ある市民の肉声が伝えること

富山市民に送られた召喚状。呼び出された場所は富山県庁3階、参事会室。
聞き取り調査は富山大空襲からわずか4か月後、12月24日から27日にかけて行われました。
取材班が見つけたのは、このうち1人の市民の音声です。
米軍「あなたが言われたことでも、けっして日本人の手にはわたりませんからね。憲兵とかそういうものには絶対渡ませんから、思った通り話していただけたら」
米軍「このごろのいろいろな点について生活状態はどうですか?」
男性「やはり不自由です」
米軍「どういう風に不自由ですか?」
男性「食料難ですな」

声の主は、富山市の沿岸部に住んでいた当時40歳の男性。空襲では家族とともに海岸に逃げて無事でした。
男性「どんな怖いっていったら、どんどんどんどんやってくるからね。夢中でしたですよ。今ほどもこれじゃあ爆撃を受けて死ぬんじゃないかと考える」
米軍「もっとも恐ろしいと思われたのは夜の空襲でしたか?昼の空襲でしたか?」
男性「そりゃ夜の空襲でしたよ」
米軍「どうしてですか?」
男性「頭のたかをぶんぶん通っていくんですからね」
米軍「もし敗戦したらどんな結果になるだろうと戦時中に思われましたか?」
男性「もしも負けたのなら、それはみじめなもんだとは思っていました」
米軍「日本が降伏したことを聞いたとき、どんな気持ちでしたか」
男性「いや負けたかと思ってもう、なんにも…びっくりしただけですな」










