太平洋戦争末期、富山の市街地は米軍の大規模な空爆で跡形もなく焼き尽くされました。この富山大空襲からわずか4か月後、当時の暮らしぶりから戦時中の考えなどを語ったある富山市民の貴重な音声が残されていました。

アメリカの公文書館で見つかったのは――
録音された音源
「Recording at Toyama,24 December 1945 by K.Aoki」
男性
「どんな怖いって、どんどんやってくるからね、夢中でしたよ。爆撃を受けてもう死ぬんじゃないかと」
富山大空襲から4か月後に録音された富山市民の音声です。

太平洋戦争末期の1945年8月2日未明。174機の米軍爆撃機B-29が富山市の中心部に50万発以上の焼い弾を投下しました。
街は一夜で焼き尽くされ、約3000人が犠牲となりました。破壊率は99.5%。空襲を受けた都市の中でも最悪の被害でした。

終戦後、アメリカの戦略爆撃調査団は空爆の効果を分析するために日本の市民3135人に聞き取り調査を行っていました。
聞き取りに応じた富山市民は53人。生まれた年や職業、空襲を受けた場所など詳細に記された資料が残されています。










