■建設計画は「陸の孤島」浜岡へ
建設が思うように進まない中、中部電力が目を向けたのが浜岡です。芦浜計画から4年後の1967年に立地計画が公表され、建設は進みました。
浜岡原発の敷地から700メートルの場所に住む前・御前崎市長の柳沢重夫さん(79)です。
<柳沢重夫 前御前崎市長>
「(建設予定地には)大きな水たまりがあって、そこは子どもたちの遊び場だった。ほとんどが山だからね。途中にはマツの木が生えてて、キツネがたくさんいた」

鉄道もなければ、都市部につながる広い道路も通っていない。あるのは畑ばかり。当時の浜岡も「陸の孤島」と呼ばれていました。







