「信任投票」への転換と高市戦略
一つ目は「信任投票への転換」です。例えば 1986年、中曽根内閣の「行革選挙」は、国鉄分割民営化などの行政改革推進か反対か、推進する内閣への信を国民に問い、300議席を超えました。また、リクルート事件などに端を発した1993年の「政治改革選挙」は、自民から分裂した新生党などが議席を伸ばして自民党が下野し、日本新党などとの非自民連立政権が生まれました。こちらは逆に、自民党から造反議員が出て内閣不信任案が可決された結果でした。
そして、最も振れ幅が大きかったのが、2009年の「政権交代選挙」です。当時の民主党は自民党長期政権からの脱却を訴えて民主党政権への信を問い、議席をおよそ3倍に増やして実現しました。もっとも、この結果は小選挙区比例代表制という選挙制度に負う所も大きくて、小選挙区に限って見ると、得票数の合計は民主党のおよそ47%に対して自民党は39%、8ポイントの差が議席数では200議席近くの差になりました。
しかし、最も典型的なのは小泉政権が大勝した2005年総選挙です。あのとき小泉首相は郵政民営化に反対する議員を「抵抗勢力」と切り捨て、党内抗争による解散を「小泉改革への信任投票」に転換しました。当時の世論調査で国民の関心事は、景気や雇用などが上位で、郵政民営化はそう高くなかったにも関わらず、「改革か抵抗勢力か」という構図に置き換えることで、強いリーダーシップの演出に成功しました。
今回の選挙手法は、この小泉劇場に近いものでした。景気対策などで野党との政策的争点があまりない中、憲政史上初の女性総理である高市首相は「国論を二分する政策への挑戦」と「強いリーダーシップ」を前面に打ち出し、選挙を自身の「信任投票」に転換しました。
後押ししたのはネット戦略です。特に高市首相出演のYouTube動画広告は推定3億円近くの広告費をかけて1億6000万回再生を達成し、他を圧倒しました。また、2009年政権交代選挙をさらに上回る小選挙区効果で、選挙区で自民の得票総数は中道のおよそ2.3倍でしたが、獲得議席数は248対7と35倍もの大差がつきました。







