「核なき世界」の実現に向けたスタートの日になるでしょうか…。核兵器禁止条約の初めての締約国会議が、23日、閉幕しました。


小林康秀キャスター
「オーストリアのウィーンで3日間にわたって行われた核兵器禁止条約の締約国会議は、条約の運用方針を決めた『行動計画』や、核なき世界実現への決意を記した『宣言』が採択され、閉幕しました」


「『行動計画』では、外交努力で締約国を増やすことや、核被害者の救済を強化することなどに加え、既存の核軍縮の枠組みであるNPT(核拡散防止条約)と連携を深めていくことなどが盛り込まれました」


ICAN 国際委員 川崎哲さん
「ついに核兵器をなくすための行動が始まったということだと思います。核兵器禁止から廃絶に向かう仕事が始まった日であり、高揚感を今、感じています」


小林康秀キャスター
「今回、会議の背景を取材してきた寺岡俊記者です。日本と同じように核の傘の下にあるドイツやノルウェーなどNATO加盟国がオブザーバー参加をしました。どんな発言だったんでしょうか」


寺岡俊記者
「これらの国々は、核兵器禁止条約への署名や批准を明確に否定しました。一方で、核軍縮を進めるために『建設的な対話をしていきたい』とも述べ、一定の歩み寄りの姿勢も見せていました。『こういった姿勢こそ、橋渡しをしたいという日本政府がとるべきものだったのではないか』という意見も聞かれました」


「また、会議を取材していたのは、ほとんどが日本のメディアでした。世界的な関心はまだ低いとも言えます。核兵器禁止条約が今後、核軍縮の機運を高める存在になれるかどうかが問われています」


小林康秀キャスター
​「今、わたしはウィーンのシュテファン大聖堂に来ています。ごらんください、建物にウクライナ・カラーで『ストップ・ウォー』と掲げています。ここは教会なんですけども、あのモーツアルトがここで結婚したことでも知られていて、モーツアルトにとっては忘れられない瞬間がここであったということです」


​「23日、締約国会議が終わった後にクメント議長は、すべて終わった後に大きな拍手があったのですが、『忘れられない瞬間だった』と語りました。数日前にわたしは、ここで『締約国会議がウィーンで開かれることを知っていますか』と通りを歩く人に質問しました。オーストリアの人たちは半数くらいご存じでしたが、ほかから来た観光客はほとんど知りませんでした。被爆国・日本ほど関心は広がってはいないのです。しかし、今、ロシアはウクライナを核で威かくしています。こんなことは許し難いという思いは、みなさん、共通したものです」


​「そして、みなさんがおっしゃっていたのが、やはり対話が必要だということです。日本は、この締約国会議にオブザーバー参加しませんでした。ノーベル平和賞を受賞したICANの川崎哲さんは、『日本と同じような核の傘の下にある国の参加が予想以上に多かった。今、こういうときだからこそ、核をめぐる状況に関心が高まった結果だろう』とも話しています。オブザーバー参加したドイツやオーストラリアなども建設的な対話を望んでいました。これこそ、日本が行おうとしている“橋渡し”ではないか。なぜ、日本にできないんだろうと感じざるを得ません」


​「一方で、その役割ができることが1つではないことも事実です。これから日本だからこそ、被爆地だからこそ、できることは何か。このウィーンから重い宿題を突き付けられたように感じます」