面会室に通され、アクリル板の仕切りの向こうの扉が開き、拘置所の職員が連れてきたのは車いすに座り、腕に点滴がつながれた男性でした。哲也さんです。

(記者)
体調はどうですか?

(哲也さん・拘置所で面会時)
「全身が痛む。」

哲也さんは、10年前から直腸がん、5年ほど前から胃がんを患っていると、淡々と自身の体調を語りました。左手首には、妻を殺したあとに自分でつけたという傷があり、ガーゼがあてられていました。

私は哲也さんに、生前の亥聖子さんの病状について尋ねました。

(哲也さん)
「妻は6、7年前に脳梗塞を患い、左半身の麻痺が出ていました。」

(記者)
次第に麻痺が出てきたのですか?

(哲也さん)
「急にです。妻が、『今日買い物に行ったとき、倒れたんじゃ』と言ったので、近くの病院の夜間救急に連れて行き、そこで脳梗塞と診断されました。」

哲也さんと亥聖子さんの間に子どもはいませんでしたが、50年以上連れ添い、元気なころには2人で釣りにも行っていたそうです。

しかし病は進行し、事件の前は、亥聖子さんの腰の痛みがひどくなり、哲也さんは1日6回、痛み止めの座薬を入れていたそうです。

いつごろだったからなのかは聞けませんでしたが、亥聖子さんは「これ以上はようはならん…」悲観的になっていたそうです。

拘置所で哲也さんは、にじんだ涙をトレーナーの袖でぬぐいながら、事件当日のことを話しました。

(哲也さん)
「その日の朝は、女房はうつろで会話もなかなかできる状態じゃなかった。女房に『今日、死ぬかい?』と聞くと、『いいよ』と言った。『自分も死ぬ』と言ったら女房はうなづいた。」

哲也さんは、ベッドに横になっている亥聖子さんの首を、マフラーで絞めました。亥聖子さんは抵抗しなかったそうです。

(哲也さん)
「女房も体力もないし、こっちもないし。もうこれ以上は無理じゃと思った。本当は2人で逝く予定だった…。すぐ逝けんかったことを謝りたい。」


誰かに相談はできなかったのか…。哲也さんは、近所の人や親族に相談できる環境だったことは否定しませんでした。しかし、自分でなんとかしたいという思いがあったと明かしました。


広島地方裁判所で始まった裁判。
被告人質問で、当時を振り返ってどうしていたらよかったと思うか尋ねられると哲也さんは「もっと方法はなかったか…。でも無かったと思う。」と答えました。