太平洋戦争末期、沖縄戦で使用された弾薬はおよそ20万トン。その内の5パーセント。
1万トンが不発弾として残されたと推定されています。現在も年間およそ20トンの不発弾が見つかっています。

戦後繰り返された事故で、多くの人が犠牲になっています。爆発事故の多くは重機を使った工事現場で、事故が起こるたびに課題として挙げられるのがこの言葉です。

「磁気探査は行われていたのかー」

戦後77年。これだけの被害を出す不発弾が、当時の破壊力を維持したまま地中に眠っています。

沖縄計測 玉城幸人社長
「不発弾探査ということではなくて不発弾を絶対に撤去するんだというそういう強い気持ちで会社を運営してきました」

沖縄市にある沖縄計測。年間およそ50件の磁気探査や土木調査。ペットボトルのリサイクル事業を展開しています。

沖縄計測 玉城社長
「地中の中ってなかなか見えないんで脅威を感じない、本当に恐ろしいものが地中にはまだ眠ってるんだよと、少し動かせば危険があるということでそこから重要性っていうのを伝えていきたいんですけども」

2009年1月に発生した糸満市小波蔵の不発弾爆発事故。配水管工事中に250キロ爆弾が爆発。重機を操縦していた男性が重傷を負いました。この事故をきっかけに公共事業での磁気探査が義務化され、現在では民間工事の磁気探査も100%補助される仕組みが整っています。

沖縄計測 玉城社長
「戦後70年そして日本復帰から50年で当初はやっぱり建物を建てる建てるためだけに一生懸命だったんで、どんどん建てていったんですけども、地中の中までは確認してなかったと。ただやっぱり50年経つとどんどんどんどん建て替えが進んでいって、今の現状から考えていくと、今やらないといけない。それを加速化させないといけないっていう今の現状は、不発弾にとって非常に重要な時期だと感じております」

磁気探査を加速させるために取り組んだのがデジタル化です。自社で開発した新しい技術で特許も取得。磁気探査の方法が劇的に変化しています。

一番の違いがこれ、調査の記録に専用の紙とペンを使わなくなったことです。

沖縄計測 大宜見憲三さん
「シンプルにやることが減りました。あの今までは記録を取りながら書き込みしながら波形の確認をしながらという色々な作業を並行して一気にやっていかないといけなかったんですけど、取ったデータはそのまま保存されてますのでそれを開けばいいだけなので簡単に見返すことができますし、またのデータ整理の部分に関しても、もう現場で取った段階で整理はされているのでいちいち帰って整理しなくていいって言う部分は本当に大きいですね。」

現場で計測されたデータはここ社内の解析ルームへ送られます。デジタルデータが経験の差を埋めてくれます。

沖縄計測 大宜見さん
「デジタルになった事であの波形見やすくなりましたのでかなり、
ここを拾うっていう点を教え切れれば、なかなかあの経験の浅い人でもあの慣れればすぐに解析に携わることができます。」

さらにもう一つ。これまでは、できないとされていた範囲の調査も可能になりました。


『強磁性体近傍(きょうじせいたいきんぼう)』での磁気探査です。これまでの方法では金属の杭や基礎、強い磁気を帯びた建物などの近くでは、5メートルほど離れなければ正確なデータを得ることが出来ませんでした。これが沖縄計測のデジタル技術を駆使すると1メートルまで近づくことが出来ます。

沖縄計測 砂川雅博技術顧問
「建物の近くまで寄ることが出来ると言う事ですね。やる範囲が広くなったっていう事です。安全を確保する面積が増えたってことです」

この技術により住宅が隣接する都市部での磁気探査で、安全確保の範囲が格段に広がります。

沖縄計測 大宜見さん
「今の時期にこういう磁気探査の認知度が上がって、建て替えの前、あるいは新築の前に磁気探査ってのが根付いていけば、県内から不発弾本当に根絶する日は来るんじゃないかなと思います」

不発弾ゼロの安心安全な社会。デジタル技術を駆使し、働き方をも変えるこうした取り組みは、SDGsの目標へとつながっています。戦後や、復帰前後に建てられた建築物が、今、建て替えの時期を迎えています。だからこそ、磁気探査の重要性は身近なものとしてとらえる必要があります。

沖縄計測 玉城幸人社長
「気持ちです。強いハートで不発弾探査っていうものではなく磁気探査というものではなくて、不発弾を必ず除去する。それをスピードアップさせるというのが心の中に秘めております。」