「戦跡と基地が向かい合って存在。来てみないとわからない」
米軍が上陸した読谷村の一帯を見渡すこともできる嘉数高台は沖縄戦当時の激戦地で、同志社国際高校のある京都府出身者で構成される部隊が配備されていました。沖縄研修旅行では必ず訪れる場所となっています。
川満さん:
「実際にその戦跡と基地がこう向かい合って存在するというのは、やっぱり来てみないとわからないわけだから。沖縄戦と戦後の基地問題が一緒になったものの中で、沖縄というものをどう考えるかということを示すというのが一つの大きな狙いだと僕は思っているんですよ」
1981年から始まったという同志社国際高校の沖縄研修旅行。40年以上続く沖縄での学びに、暗い影を落とす事故がおきました。
2026年3月、同志社国際高校の生徒らおよそ20人を乗せた船が辺野古沖で転覆し、船長と女子生徒が死亡した事故。
政府は安全管理の不備のみならず、同志社国際高校の辺野古移設工事に関する学習が特定の見方・考え方に偏ったものだったとして、教育の政治的中立性を定めた教育基本法に違反するとの見解を示しました。








