沖縄戦に動員され犠牲となった女子学徒隊のひとつ、「瑞泉(ずいせん)学徒隊」の慰霊塔が、糸満市米須から母校の跡地に移設され、26日、入魂式が行われました。
首里高等女学校の生徒で編成された通称「瑞泉学徒隊」は、沖縄戦で浦添から首里、南部の摩文仁へと退却しながら負傷兵の看護にあたり、33人が犠牲となりました。
この学徒隊を慰霊する「ずゐせんの塔」は、終戦からわずか3年後の1948年に、がれきとなった首里城の石を運んで首里桃原町の母校跡地に建てられたのち、多くの生徒が亡くなった糸満市米須へ移設されました。
そして、戦後81年目の慰霊の日を前に、再び、母校の跡地に帰ってきました。
26日は慰霊塔の入魂式が行われ、高齢化により2年前に解散した同窓会の新元貞子元会長らが、黙祷を捧げました。

解散した瑞泉同窓会 新元貞子 元会長(100歳):
「母校に帰ってきて、あの頃の思い出に少しでも浸ってもらえれば、もう戦争は終わりました。81年も平和が維持されておりますので、もう戦争なんか本当に、二度と起きてもらわないようにと思って安置しておりますので。平和を祈りましょう」
慰霊塔の管理や慰霊祭の開催については、今後、戦前の県立一中と首里高校の卒業生でつくる養秀(ようしゅう)同窓会が引き継ぐということです。
ずゐせんの塔の慰霊祭は、6月23日、慰霊の日に執り行われます。








