難病とともに歩むキャリア
石川は国指定の難病「潰瘍性大腸炎」と向き合いながらプレーを続けている。移籍先にノルウェーを選んだ背景には、生活環境への配慮もあった。

石川:
「体が資本なので、病気が悪化したり生活が合わなかったりすると、ハンドボールどころではなくなってしまうので、そこが自分的には一番大きいです。ノルウェーは水がきれいで食事も油っぽさがなく、自分に合っていると思い決めました」
中学生の頃に病気が発症も、「周りの理解とサポートのおかげで不自由なく競技に打ち込めています」と石川は感謝を口にする。当時の監督・甲斐万起子さんも期待を寄せる。
甲斐さん:
「海外で活躍し、世界に羽ばたく選手になるだろうと予想していました。中学生のときの経験が今につながっていればいいなと思います」
石川が見据えるのは1976年以来、自力出場を果たせていないオリンピックの舞台だ。

石川:
「どの国に行っても、明るくフレンドリーに振る舞い、まずは友達を増やすことから頑張りたいです。話せないと何も始まらないので、もっと勉強を頑張ります」
「前回のパリオリンピック予選では負けて悔しい思いをしました。次のロス五輪では代表選手としてコートに立ち、出場権を獲得したいと思っています。多くの方に支えられて今の自分があるので、その方々に恩返しできるよう活躍したいです」
才能あふれるレフティーの挑戦が、いま世界で幕を開ける。